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2006/7/31




今日で7月も終わり、今年の夏も後半に入る。
今年の梅雨は、前半が空梅雨で後半は長雨。
東京では、昨日やっと梅雨明けしたらしい。
毎月末には過ぎたカレンダーを破り捨てるのが私の習慣。

このひと月を思い返してみると、特掃業務に追われる毎日だった。
しかも、インパクトのある内容のものが多かった(だいたい、いつもインパクトはあるけど)。
早速にでもブログに書きたい案件もあったが、現場が特定されないような配慮が必要なため、ネタとしてはしばらく寝かせておかざるを得ない。
と言う訳で、私の書く現場ネタは、しばらく寝かせておいたものがほとんど。
鮮度は落ちているかもしれないけど、腐敗ネタには鮮度も何も関係ないか(笑)。

きっちりと自分の中で線を引いている訳ではないけど、死人は人間の形をとどめているモノとそうでないモノでは気持ちが全く違う。
分かり易く説明すると、人間の形をしている死人に対しては極めて人間的に接し、そうでない死人に対してはただの物体として接するのである。
みんな同じ人間なのに、「腐っているのと腐っていないのとでは、こんなに気持ちが異なるものか」と我ながら不思議に思う。
それが正しいことなのか、正しくないことなのかは分からないけど、死体業をやっているうちに自然とそういうスタンスになってしまった。
私は、そういう冷酷?不躾?な一面も持っているのである。
ただ、この世で負った責任を果たすのみ。それだけで精一杯。

「遺体の尊厳」について展開される議論を見聞きしたことがある。
「グリーフケア」に興味を覚えた時期もある。
しかし、現実に起こっていることは机上論とは遠くかけ離れたもの。
きれい事では済まされない。
人が持つ卑しい部分が分かり易いかたちで曝け出されることもある。
まさに「地獄の沙汰も金次第」と思えるようなこともある。
腐敗現場は議論によって片付くものでもなく、遺族も理屈によって癒されるものでもない。
ましてや、死んだ人間が机上論でうかばれることも考え難い。
所詮は、コノ世の人間がどんなきれい事を吐いても、アノ世の人間のことをどうすることもできないということ。

腐乱現場に行くと、遺族に対しても「これは、ヒドイですね」「自殺ですか?」等といった、無神経にも聞こえる言葉がでてくる。
気持ち悪いときは驚嘆の声を上げるし、作業はキツイときは苦渋の言葉を吐く。
腐敗液などは私にとってはただの汚物、人ではない。
亡くなった人と目の前の汚物は物理的には同一でも、私の心情的には全くの別物。
そうは言いながらも、「汚物=故人」という概念も時々は顔を覗かせる。
腐敗液を拭きながら「もうちょっと早く見つけて欲しかったね」とか、腐敗粘土をすくいながら「今、俺がきれいにしてやるからね」とか、自殺痕を始末しながら「何で自殺なんかしちゃったの?」とか思ってしまう。霊感もないのに。
んー・・・この心情を文字にするのは難しい。

私に夏休みなんかない。
社会人になってから、夏休みなど言うものも取ったことがない。
仕事がない時が休み。
過ぎ去る7月のカレンダーを眺めながら、「明日から8月か・・・海にでも行きたいなぁ」と呑気なことを考えている。自分にも刻一刻と死に近づいていることを忘れて。




苦悶
2006/7/30




死ぬ瞬間って、どういう感覚を憶えるものなのだろうか。
「脳内アドレナリンが大量に発生して、快感の絶頂に到る」と説いた本を読んだことがあるが、誰もその実態を知ることはできない。
私は、三十数年間の人生で一度だけ人が死ぬ瞬間を目の当たりにしたことがある。
時は幼少の頃、祖父が死んだときのことだ。
内臓疾患で闘病生活を送っていた祖父は、しばらくの闘病生活の後、意識不明の危篤に陥った。

急いで病院に駆けつけたときは、意識不明で荒い息をしていた。
皆が見守る中、最期の息をゆっくり吐いたかと思うと、もう次の息を吸うことはなくそのまま臨終した。
何分にも幼かったため、人が死ぬということがよく理解できなかったけど、祖父の最期の様子は今でも鮮明に記憶している。
黄疸で黄色く変色した身体、腕には無数の内出血の痕、柩に入った祖父の身体の冷たさと固さには、幼い私も異様な感覚を覚えたものだった。
その子が、それから十数年後には見ず知らずの屍をたくさん処置することになるなんて・・・「人生〜ってぇぇぇ〜不思議な、もので〜すね〜♪」

死ぬ瞬間って苦しくないのだろうか。
苦悶の表情を浮かべている遺体を見かけるのは、単なる偶然か。
それとも、私の先入観か。

口を開けたままの遺体、目を開けたままの遺体、そして眉間にシワを寄せて苦悶の表情を浮かべている遺体。
遺族は、安らかな死に顔を求めて「何とかならないか」「何とかしてくれ」と要望してくる。
個人的な主観では、故人のためを思って処置を求めるケースは少ないように思う。
遺体は苦悶の表情を浮かべていては、遺族も気持ち悪いのだろうか。
それとも、人目を気にしているのだろうか。
その理由を訊くことはできない。

誰が貼るのか知らないけど、TVタレントのモノマネ顔負けのセロテープ加工してある遺体も少なくない。
失礼ながら、テープのおかげで可笑しな表情を作られている遺体もある。
極端なケースだと顔にガムテープを貼って、しかもご丁寧に「はがすな!」と注意書きが付いた遺体と遭遇したこともある。
「はがすな!」と言ったって、はがさないと仕事にならない。
はがすガムテープに皮膚もくっついてくる。
本人は死んでるから文句も言わないけど、やっていて痛々しい。
しかし、テープを貼ったくらいで表情が変えられるほど人間の表情は単純なものではない。
無駄な抵抗だ。

専門の技術を使えば、開いたままの目や口を閉じることはそんなに難しいことではない。
更に特殊な技を使えば眉間のシワだって消すことができる。
ただし、目や口を閉じるだけならともかく、私の場合は安易に眉間のシワを消すことはしない。
故人の人格を否定してしまうような気がするから。
しかし、遺族の要望も簡単に無視することはできない。
したがって、私が取る策は、遺体の眉間に素手をしばらく当て続けること。
イメージとしては、シワにある布にアイロンを当てて伸ばすような感じで。
もちろん、私に念力などない。
ただただ、自分の体温を遺体に伝えるという非科学的・原始的な手法。
こんなことで完全にシワが取れることはないながらも、少しはシワが目立たないようになる遺体もある。
自分勝手に、「それくらいが調度いい」と考えている。

苦悶の表情には訳がある。
それは最期の瞬間を表しているのかもしれないし、人生そのものを表しているのかもしれない。
残され人にとって気持ちのいい表情ではないけど、それもまた故人である。
遺体の表情を変えることより、自分の心を変えることを考えた方がいいのかも。
他人(遺体)の喜びを自分の喜びとし、他人(遺体)の苦しみを自分の苦しみとできるように。


遺体というものは、生きている者に無言のメッセージを伝えてくれる。
それが苦悶の表情でも安らかな死に顔でも。
メッセージの受け取り方は人それぞれ。
どちらにしろ、やはり遺体は人間の形をしていた方がいい。

「眉間のシワより笑いジワ」と思いながらも、この猛暑についついシカメッ面をしてしまう夏である。




怪談
2006/7/29




夏は怪談話のシーズン
あちらこちらで恐ろしいとされる話が湧いてくる。
でも、所詮はフィクションがほとんど。
本当に怖いのはこの世の現実かもしれない。

世間にとって腐乱死体は、突然現れるやっかい者。
本人はしばらく前から時間をかけて腐っているのに、発見されるのが急なものだから、世間的には降って湧いたような印象を受けるのだろう。

キチンとしたデータをとっている訳ではないが、腐乱死体がでる住宅は、自己所有より賃貸の方が多いように思う。そして、経済力も低レベル。
そんな腐乱死体は、残された人々に多大な迷惑を掛けることになる。
その中でも絶大な損害を被るのは、家族(保証人)、大家、近隣住民。

家族、特に賃貸契約の保証人になっている人は、社会的にはもちろん法的にも責任が発生する。
部屋の清掃費用からリフォーム費用、ヒドイ現場になると上下階や隣の住人が引っ越してしまうこともあり、その転居費用からリフォーム費用まで負担するとなると総額は莫大な金額になる。
しかも、「腐乱死体がでた物件」「腐乱死体がでた部屋」ともなれば入居者の獲得も難しくなる。
空室や値下家賃分まで保証せざるを得なくなると、とても一般の人では負担しきれるものではなく、人生を大きく狂わせてしまうことにもなりかねない。
賃貸契約の保証人になっているのなら諦めるしかないけど、血のつながりだけを根拠に責任を背負わされるのも悲劇である。
まったく、気の毒としか言いようがない。

一方、大家のリスクも大きい。
自分の所有物件から腐乱死体をだしてしまった場合、他人事では済まされない。
保証人や家族がキチンとした対応をとれる、責任・誠意を持った人ならまだしも、必ずしもそういう人とは限らない。
無責任な保証人や家族の場合は、「ない袖は振れない」と開き直って責任逃れをする。
しかし、大家は立場的に汚染物件を放置しておくことはできない。
開き直った家族を前に、結局、大家は泣き寝入りするしかなく莫大な損害を肩代わりせざるを得なくなるのである。
裁判沙汰になったケースも複数あるけど、開き直った相手に裁判を起すのは無駄なこと。
裁判所の通達が効くような相手だったら、始めから責任・誠意ある対応をとっていたはず。
無責任で社会的なプライドを持たない人を相手に裁判を起したって、裁判費用をドブに捨てるようなもの。
残念ながら、最後は悪意を持った人間の方が勝ってしまうのである。
腐乱死体がでたお陰でアパート一軒がまるごと空いてしまい、家賃収入が無くなってローンの返済が滞り、手も足もでなくなった大家もいる。
まったく、気の毒としか言いようがない。

次に近隣住民。
同じアパートやマンションに住む人も被害なしという訳にはいかない。
臭いの被害だけならまだ可愛いもの。
ウジ・ハエが上下階や隣室に侵入したり、腐敗液自体が染みるケースもある。
自宅に腐敗液が染みてきたのでは、とても住めたものではない。
この私でも、さすがに引っ越す。
いきなり生活基盤を変えることを余儀なくされ、急な出費が補填される保証もない。
子供がいる世帯では、学校を転校させざるを得なくなることもある。
まったく、気の毒としか言いようがない。

私は過去に友人・知人の賃貸保証人になったことが何度かある。
どんなに親しい相手でも金銭貸借の保証人にはならないと決めていたけど、「住宅の賃貸保証くらいなら平気だろう」と思い違いをしていたのだ。
今考えると恐ろしい。
特掃業務を通じて、住宅賃貸契約の保証人になることは極めてハイリスクな行為であることを知り、それからは誰の保証人にもならないことにしている。

心当たりのある方、心当たりのある人に至急連絡を。
自分に関係する人達から腐乱死体をださない工夫と対策が必要だ。
腐乱死体に責任を負うということは、並の怪談話より怖いこと・・・最悪の場合、自分も生きていられなくなる可能性があるからね。




ビーフシチュー(後編)
2006/7/28




書いているうちに気持ち悪くなってきたので、前編と後編に分けさせてもらった。
今回はその後編。
しかし、現場の悲惨さを読者に伝えきれないのが非常に残念!
でも、臨場感があり過ぎると誰も読んでくれなくなるかもね(笑)。

さて、本題のつづき。
思わず悲鳴を上げた私。
なんと、腐敗した肉塊の中に体調10cm・直径3cmくらいの巨ウジがいたのである!
私は悲鳴を上げながら浴室を飛び出した!
全身に鳥肌が立ちまくり、しばらくの間、全身が痒くなるような悪寒が続いた。
「ウジってあんなに大きくなるものか?」「その前にハエになるはずじゃないのか?」「仮にウジじゃないとしたら何?」
もう、頭はパニック状態、仕事なんか放り投げてとっとと帰りたくなった。

しばらくブツブツと独り言をいいながら、「これからどうしようか・・・」と考えた。
引き受けた仕事は途中で投げ出す訳にはいかないのは当然、だけど浴室に戻る勇気がなかなか出てこない。
「適当な言い訳をして逃げようか・・・」⇔「ダメダメ、責任を果たさなきゃ!」
しばらくの間、独り問答を繰り返しながら自分と戦った。

気分を落ち着かせるのと、勇気を振り絞るのに少々の時間を要した私。
「俺は泣く子も目をしかめる特掃隊長、ヨッシャ!」と気合を入れ直して再び浴室へ。
放り投げたままのスコップと肉塊を再び手にした。
自分を勇気づけるために、何かの鼻歌を歌ったように記憶している。
そして、勢いをつけてさっきの巨ウジを直視してみた。
すると、どうも様子がおかしい。
おそるおそる腐敗粘土を削ぎ落として見たら、巨ウジと思ったモノはただの浴室の石鹸だった。
「キーッ!石鹸ごときに脅されて悲鳴をあげてしまうとは!」
ただの石鹸にここまで驚く人間って、そうはいないだろう。
まったく、不覚をとってしまった。
釈明するとしたら、石鹸にここまで怯えられるくらいに凄惨を極めた現場であったとも言えるだろうか。

元気を取り戻した私は、腐敗粘土に包まれて柔らかくなっていたその石鹸をグニュッと踏み潰し、作業を再開した。
相変わらず、腐敗肉塊がかもし出す気持ち悪さも絶好調。
とにかく、違うことを考えるようにしながら、手と体だけを単調に動かした。
食道にこみ上げて来るモノを強引に押し戻しながら。
そうこうしていると、急に腹が痛くなってきた。
そのうち、その痛みと圧迫感は下腹部に降りて行った。
「ゲロだかウ○コだか知らないが、上がダメなら下に行こうって寸法か?」
しばらくして、自分が下痢の腹痛に襲われていることを察知。
「よりによってこんな時に!」
誰に腹を立てていいのか分からないけど、とにかくイラついた。
そのイラつきも、次第に焦りに変わり始めた。
お約束の通り、下腹部の圧迫感が増してきたのである。

我慢できないことは自分がよく分かっていた(諦)。
モノを出すしかないけど、出すところがない(焦)。
作業用の装備と汚れて臭いユニフォームが邪魔をして、外のトイレを借りに出ることもできない(悲)。
苦慮していると、グッドアイデアをひらめいた(喜)。
「灯台元暗し!俺がいる所はトイレじゃないか!」
渡りに船、幸いな事に私はトイレにいたのである(快)。
しかし、こんなトイレに喜ぶ自分って一体・・・(苦笑)。

肝心の便器は腐敗液まみれ。とてもそのままでは用を足せる訳もなく・・・。
皮肉なことに、用を足したければ自分できれいにするしかない状況だった。
私の下腹部の圧迫感は、ひと山越えるごとに強くなってきていた(似たような経験がある人、いるでしょ?)。
そのうち、腸がゴボゴボと妙な音を出し始めた。
限界点へ到達するのは時間の問題だった。
(これ以上、詳細な描写をすると下ネタ注意報が発令されてしまうので、書きたいけどやめておく。)

ウ○コ男が本当にウ○コを漏らしてしまったんでは、汚れた人生に更に汚点が残る。
それからの私は、まるで人が代わったように迅速に動いた。
石鹸ごときに驚嘆した自分がウソのように、腐敗肉塊の気持ち悪さもそっちのけで。
ウ○コを漏らすのが先か、トイレをきれいにするのが先か、背に腹は代えられない時間との戦いであった。
もはや、依頼者のためというより自分のためにトイレを掃除していた。
仕事に対する心構えがなっちゃいないから、自業自得だったのかもしれない。

私は、人生に汚点を残すことになったのか、はたまた無事にクリアできたのか。
その後のことは想像にお任せする。
気が向いたら、今後のブログに載せるかも(ま、誰も興味ないね)。


滅多に食べないビーフシチューを、次に食べるまでは忘れることにする。




ビーフシチュー(前編)
2006/7/27




嫌いな訳ではないけど、ビーフシチューなんて滅多に食べない。
しかも、この暑い季節には。
そんな私は、ビーフシチューを目にすると思い出すことがある。
自分の中では伝説になっている現場のことを。

現場はマンションのユニットバス。
狭いスペースに風呂とトイレが一体型で設置されている密閉された空間。
その光景は、「なんでここまでになるまで発見されなかったんだ?」と場慣れしている私でも驚嘆するくらいに衝撃を受けるものだった。
溶けかかった人肉が床一面に広がり、5cmくらいの厚みがある腐敗粘土層を形成していた。
それ自体が床のようにも見えるくらいに、床一面がきれいに腐敗粘土に覆われていたのだ。
そして、その粘土層の数箇所にこんもりと盛り上がった部分があった。
そう、解けるスピードが遅い部位が半固体のまま残っていたのである。
熟成された腐敗臭に、細長い体型をした奇妙なウジがいたりして、現場の不気味さを色濃くしてくれていた。

「とにかく、きれいにしてほしい」という依頼者の要望に対し、さすがに「どうやったらきれいになるんだろうか・・・」とたじろいだ。
依頼者は他に頼める人がいないらしく、藁をも掴むような物腰と弱りきった表情だった。
「この現場じゃ、できるヤツは限られているだろうなぁ・・・(冷汗)」と内心で呟きながら、「とにかく、やるしかない」と心に決め、策を見つけられないまま勢いで引き受けた。
私は依頼者に対して変な使命感を持ってしまうことが多く、ほとんど職業病かもしれない。
引き受ける代わりの条件として、見た目をきれいにすることを最優先に「悪臭は根絶できないこと」「ある程度の日数を要するかもしれないこと」を了承してもらった。

作業初日は緊張した。
とにかく、実践と対策を繰り返しながら試行錯誤するしかなかった。
細かい作業内容や作業手順、使用薬剤や器具等は企業秘密(という程のものでもないけど)と言うことで省略するが、今回は作業の山場を記そうと思う。

困難を極めたのは腐敗粘土(元人間)を除去する作業。
小さなスコップ状の道具で腐敗粘土をすくい取る。
それは、液体に近いものから固体に近いものまで場所によって態様が違い、サックリすくえるモノからスコップからボタボタと垂れてしまうモノまであった。
すくい取ったモノはバケツに移す。
バケツがいっぱいになったら、外へ運んでビニール袋に入れる。
その作業をひたすら繰り返した。
汚物が身体に着かないように作業するものだから、無理な体勢を続けざるを得ず、体力的にもかなりキツかった!
それにも増してその気色悪さときたら・・・泣けるくらい(笑)。
「人間をスコップですくうって、どういうことだよぉ!」「バケツに入る人間って、何なんだよぉ!」「何でこれが人間なんだよぉ!」
私は脳の思考を停止することによって気持ち悪さをクリアするタイプなのに、この現場は思考を停止することを許してくれなかった。
無理矢理に動かされた私の思考回路はショート寸前でぶっ壊れてしまいそうだった。

そんな作業をコツコツと続け、やっとのことで作業も後半戦い入ることができた。
しかし、本当の山場はこれからだった。
防衛本能が働いたのだろうか、私は無意識のうちに床に盛り上がった肉塊を残してしまっていた。
当然、そんなモノを残して帰る訳にはいかない。
意を決して、その肉塊にスコップを入れた。
グスグスとスコップが入る感触とモッチャリした重量感、グレード変えて襲ってくる悪臭に気が遠くなりそうだった。

グルメ番組のリポーターが肉の柔らかさを表現するためによく使うセリフ。
「歯を立てなくても舌の上で崩れる」「口の中で溶ける」
まさに、この表現はこの人肉にもピッタリ当てはまった(当てはめてゴメン)。

しかし、腐敗肉は食い物ではない(言うまでもないね!)。
しばらく直視なんてしようものなら、逆に胃の中のモノが飛び出てきただろう。
私は、とにかく視線を上に向けて泳がせながら、なんとかこらえるしかなかった。
何個か目の肉塊をすくった時、持ち上げたスコップから肉塊の一部が崩れ落ちた。
その肉塊の中に目をやった途端、私の全身に雷のような悪寒が走り抜けた!
私は、持っていたスコップを放り投げて、思わず叫んだ。

「何!?何だよぉ・・・これは一体何なんだよぉーッ!」



つづく。




身を焦がして
2006/7/26




夏の風物詩のひとつに土用の丑の日がある。
その日に鰻を食べる風習は、全国的なものだと思う。
先日も、スーパーの屋外で鰻を焼く煙が香ばしく、食欲をそそられた。
焼肉屋や焼鳥屋の前を通りかかっても、同じように香ばしいニオイがして、空腹時にはたまらなくいいニオイに感じるものである。
肉を焼くニオイって、どうしてこうも食欲をそそるのだろうか、不思議である。
野菜を焼いたって、こうまでは魅了されないのに。


焼身自殺で人が死んだ。
自殺体は珍しくない中でも、焼身自殺体は少ない。
「何とかなるものなら何とかしてほしい」と依頼され、とりあえず現場へ。
警察の検死が終わって、遺体は納体袋に入れられていた。
この納体袋というヤツは通常の遺体が納められることはほとんどなく、変死体専用の寝袋と言ってもいいほどの不気味な代物である。
したがって、何の説明を受けなくても、納体袋に入っているだけで中の遺体は損傷や腐敗が激しいことがすぐ分かる。
という訳で、納体袋を開けるときはいつも緊張する。

今回は焼身自殺。
「何とかしてほしい」と言うからには「何とかなる」程度のものと推測して、心の準備を整えていた。
しかし、納体袋を開けてビックリ!
損傷が激しく、とても何とかできるような状態ではなかった。
特に、顔・頭部の損傷(燃焼)が酷く、ほとんど部位が炭になって焼失していた。
目蓋・鼻・唇・耳など、燃えやすい部分は燃えてなくなり、大きな眼球と歯は剥き出し状態。
瞬時に、腐敗臭と焦げ臭いニオイが辺りに立ち込めた。
人間の身体も所詮はただの肉。
その焦げたニオイは、普段の街に漂う肉を焼くニオイに酷似していた。

※間違っても「食欲が湧いた」なんてことはないので、誤解のないように(笑)。

「こりゃヒドイなぁ」と思いながら、「依頼者(遺族)の真の要望はどこにあるのだろうか」と考えた。
その損傷の酷さに、遺族の誰も遺体を見ることができなかったよう。
少しでも遺族とコミュニケーションが図れればヒントが掴めるものが、この現場では遺族は立ち会わなかったために思慮を重ねるしかなかった。
しかし、いくら考えを巡らせたところで、遺体の損傷が軽くなる訳でもない。
結局、遺体にはほとんど手を着けることができないまま、隠すように柩に納めた。
遺族の真の要望を計り知れないまま。

焼身自殺はなかなか大胆な手法だと思う。
こと切れるまでの時間、かなり苦しいだろう。
そして、ひとつ間違えて火事にでもなったら、他人を巻き込んでしまう可能性も高い。
もし、そんな事にでもなってしまったら、本人の人生や命そのものを否定されるような結果を招いてしまうだろう。
そして、そんな自分勝手な行為は決して許されることはないと思う。
ただ、残念なことに本人にとっては、「そんなの知ったこっちゃない」のだろうけど。
ほとんどの人が、自分の身の回りも未来も見えなくなるから自殺する訳で、「自分勝手」なんて批判は虚しいばかりか。

ハードな仕事にはスタミナが必要、特に暑い夏は肉料理が恋しくなる。
焼肉・焼鳥、そして鰻の蒲焼etc。
高い人格を持った謙遜な人は言う。
「この世にマズイ食べ物なんかない」と。
私のような愚人は品性もなく、ひたすら舌に美味いものばかりを追い求め、感謝の気持ちなんて少しも持たずに「美味い」「マズイ」と批評しながら命を存えている。

人間に食われるために生まれてくる命がある。
人間に食われるために失われる命がある。
「舌に美味しいものには身体に害があるものが多いのは、何かの摂理が働いているのだろうか」と思うことがある。
人間は、他の命を著しく犠牲にしないと生きていけない動物である。
何を食べるかが問題ではなく、どう食べるかが問題。

平凡な毎日でも、粗食しか口に入れられなくても、当り前のようにモノが食べられる幸せを噛み締めて、「たまには心に美味しいものも食べないとな」と思いながら、街角の香ばしい煙の誘惑との戦いに身を焦がす今日この頃である。




犬と柿と別れの宴
2006/7/25




日本人の平均寿命は男性が77.64歳、女性が84.62歳らしい。
世界的にも長寿国。
現実を見ても、80歳を越えても元気なお年寄りが多く、そんなに長寿というイメージはない。
90歳を越えると長寿という印象がでてきて、100歳を越えると「長生き!」になるのではないだろうか。
実際にも、100歳を超えた故人に合うことはあまり多くない。

葬式というものは普段は顔を合わさない遠い親戚や、疎遠になっていた友人・知人と再会する社交場としての役割もある。
そして、多くの人達が故人の死を忘れて久し振りに会う人との交流に没頭したりするのである。そんな光景は、故人にとっても不快なものでもないと思うし、私的には悪くないことだと思っている。
葬式だからと言って意識して辛気臭くしているよりも、自然体で人と関わり、時には笑顔を浮かべたり笑い声を上げたって一向に構わないと思う。

100歳を越えた老婆が死んだ。
その家に訪問したときは、大勢の人達が集まって酒盛りをしていた。
「100年以上の生涯をまっとうしたのだから立派なもの」「めでたい、めでたい」と。
老年の息子や娘達に中年の孫達、そして年頃の曾孫に幼年の玄孫までいて、それはそれはとても賑やかな宴だった。
一人の人間が死んだのに、そこには悲くて淋しい雰囲気はなかった。

外では、よそ者の私に対して犬が吠え続けていた。
生前の故人が可愛がっていたらしい飼い犬だ。
遺族の中の男性(故人の孫)が、外の犬に向かって「うるせー!このヤロー!黙ってろ!」と怒鳴りちらしながら私には「スイマセンね、バカ犬がうるさくて」と。
私にとっては吠える犬よりも怒鳴る男性の方がうるさかった(笑)

そんな中で、「こういう別れ方があってもいいんだよな」と微笑ましく思いながら私は遺体処置作業を進めた。
酒や食べ物を手に持ったままの人が、故人に近づいては一声掛けたり触ったりして、再び宴に戻っていく。
子々孫々、色んな人が故人に近づいては、そんな別れを繰り返していた。

そんな状況だから、「そのうち自分にも声がかかるだろう」と心の準備をしていたら、やはり「アンタも一杯やって下さいよ」と声が掛かった。
心を許してもらえたような気がして、ちょっと嬉しかった。
「仕事中ですから」なんて言って断るのは野暮ってもの。
死体業はただの仕事ありながらも遺族にとってビジネスとは感じにくい性質を持つ。
死体業は、故人や遺族の極めてプライベートな所まで入り込まないといい仕事ができないし、そこに入れてもらえる嬉しさみたいなものがある。
社会からは嫌悪されても、他人である依頼者に心を許してもらえるような、信頼してもらえるような、そんな嬉しさである。
この宴は故人との別れの宴。
その場の雰囲気を乱さないことを心掛けて宴に混ざった。

誰かが、「庭の柿を食べよう」と言い出した。
生前の故人も柿が好物で、庭に立つ柿の木は、故人に長男が産まれた時の記念樹らしかった。
何人かの男性が外へ出て、たくさんの柿を採ってきた。
もちろん、私も一緒に食べた。その甘さは格別だった。
「柩に入れてあげたらどうですか」と言ったら皆が同意、一人一個づつの柿を柩に納めた。
遺体の回りは小さな柿の実でいっぱいになった。
そこに集まった老若男女すべてが、みんな故人の血を受け継いだ人達だった。
そこに、故人が生きた証と力があった。

外では、相変わらず犬が吠えていた。
そして、ますます酔いが回ってきたアノ男性が「うるせー!」と怒鳴っていた(笑)。
聞けば、その犬は、男性の亡き父親と名前が同じとのこと。
その男性の父親ということは故人の息子(長男)になる訳で・・・産まれた時に柿の木を記念樹にしたときの子供・・・。 
先に逝った息子の名前を飼犬につけて可愛がっていた故人だったらしい。

私はもちろん酔いが回るほどは飲んでいなかったけど、賑やかに送ってもらっている故人の顔が笑っているように見えた。

長寿だろうが短命だろうが、誰にでも生きた証は残る。
犬が元気に吠える声、柿の甘さ、宴の活気から生きることのエネルギーを感じた。
「この故人は、かけがえのない多くの宝物を残したな」としみじみ思いながら、宴を静かに抜けた私であった。




パートナー
2006/7/24




ある老年男性。
妻の葬儀のため一時退院してきた夫は、何も言われなくても病弱ということが明らかだった。
痩せ細った身体は、誰かの介助がないと部屋を移動することもままならない様子。
本来なら、一時退院できるような身体ではなかったのに、無理を言って一時帰宅したとのこと。
「長年連れ添った妻の葬儀」と言えば病院側も承諾せざるを得なかったのだろう。
夫は弱々しい中にも力のこもった言葉で、妻の亡骸に向かって何度も「ありがとう」「ありがとう」と声を掛けていた。そして、「もうじきそっちに行くから待っていてくれ」とも。
作為的な脚色だけど、その別れのひと時は、老夫婦が最期の輝きをみせた瞬間に見えて神妙な気分になった。
その一週間後、私は同じ家に行くことになった。
現場に到着するまで同じ家だとは気づかないでいた。
その家の玄関に到着して、「ん?先週来たばかりの家だ・・・間違いかな?」と間違いじゃないかどうかを会社に確認した。
間違いではなかったので「アノお爺さんが亡くなったのか・・・?」と思いながら玄関を開けた。
亡くなったのは、やはりアノお爺さんだった。
不謹慎かもしれないけど驚きはなかった。
遺族には何と声を掛けていいのか分からず、前回訪問時に比べて自然と言葉数も少なくなった。
対する遺族も私と何を話せばよいのか分からず、言葉が見つからない様子。
既に顔見知りの双方に余計な会話は必要なかった。
故人となったお爺さんは葬儀が終わってから直ちに再入院したものの、体調を一気に崩して妻の後を追うように亡くなったとのこと。
「すぐに自分も逝くから・・・」という言葉は現実のものとなった。
本人にとっては、死に対する心の準備と覚悟がきちんとできていた上での言葉だったのだろう。
帰り道、「お爺さんは、天国でお婆さんと再会できただろうか・・・」としみじみ考えたのを憶えている。

ある老年女性。
夫の亡骸に添い寝をしていた。
最初は家族も止めさせていたのだが、いくら止めても目を離した隙に添い寝をしてしまうらしく、家族もお婆さんの執拗さに根負けしてしまったらしい。
私も仕事がかなりやりにくかったけど、そのお婆さんの気持ちを思えば思うほど遺体から引き離すことはできなかった。
この老夫婦も長い長い年月を共に過ごしたのだろう。
子供達も立派に育て上げ、それぞれがいい歳になり、大きな孫もたくさんいた。
私自身も死体には抵抗感が少ないと自負?している人種だけど、さすがの?私も死体と一緒に同じ布団で寝るのは抵抗を覚える。
「お婆さんは、よっぽどお爺さんのことが好きだったんだろう」
そう思うと、微笑ましくもありながら死別の淋しさが一層気の毒に思えた。
夫を失った喪失感は他の何によっても埋めることはできないのだろう。
遺族からは「こんな調子じゃ、お婆さんも長くないかもな・・・」という溜息も聞こえてきた。
その後、そのお婆さんがどんな人生を過ごしたのかは知る由もない。

一般的には、一生のうちで最も長い間を共にするのは親子でもなく兄弟姉妹でもなく夫婦(配偶者)だろう。
お互い、長生きすればするほど共に過ごす時間も長くなる。
そして、共に過ごす時間が長くなるほど、単なる愛や情を越えた固い絆ができてくるのではないだろうか(想像)。
「生まれ変わっても同じ相手と結婚したい?」なんて愚問は熟年(熟練)夫婦にはナンセンスかも。
その応えは、現世での諸事情があるだろうから、「No!」と言う人もいるだろう。
それはそれで仕方がない。
双方「Yes!」が気持ちいいけど、双方「No!」でも悪くない(それも人生)。
でも、片方が「Yes!」で片方が「No!」だったら・・・なんか嫌だな(笑)。
来世での再婚は希望しないまでも、「亡くなった連れ合いには天国に行ってほしい」と願う人は多いのではないだろうか。そして、天国での再会を願う人も。


「生きているうちに、もっと相手のことを愛すべきだった」
私の経験では、パートナーに先立たれた人の中にはそんな後悔を抱えている人が多いように感じる。
日々の生活と、この社会に生き残るための戦いに追われてばかりの人生では、そんな心のゆとりすら持てない。
でも、ちょっと小休止して立ち止まってみよう。
そして、結婚当時を思い出し、自分を見つめ直してみよう。
自分にとって本当に大切なものを、もう一度探してみたらどうだろうか。
明日から・・・イヤ、今からでも心を入れ替えることはできる。
パートナーへの接し方を変わればお互いの人生も変わる。
そして、「生まれ変わっても一緒になりたい」と思えるようになる・・・といいね。




皮の流れのように
2006/7/23




「皮」と言えば何を想像するだろう。
値段は高いけど、皮製品には味わいがある。
身体には悪いらしいけど、焼き鳥の皮は美味い。
面倒臭いけど、果物は皮を剥いた方が甘露。


前フリはこのくらいにしておいて、そろそろ本題。
私が何の皮について書こうとしているのか・・・そう、既にお見通しの人間の皮。


人の皮は薄いけど意外に丈夫。
梅雨が明けたら海水浴に逝く・・・もとい、海水浴に行く人が多いと思う。


本題が始まったばかりなのに早速脱線。
私のwordは「いく」と打てば「行く」じゃなく「逝く」が、「いたい」と打てば「痛い」じゃなく「遺体」が一番に出る。
そんな語句ばかりを毎日当り前のように打っている自分自身が笑える(笑)。


本題に戻る。
日光に弱い人は日焼けの後に水膨れができ、そのうち痒くなってきて皮が破れ剥がれる。
死体が残す皮は、その皮をもっと丈夫にしたようなもの。

浴槽に浸かったままで腐乱した遺体は、体表の皮の大部分を浴槽に置いて行く。
また食べ物に例えてしまうが、濁ったコーラ(コーヒーでもいいけど、そんなのどっちだっていいか)の中に湯葉(ホットミルクの湯膜でもいいけど、そんなのどっちだっていいか)がたくさん入っているような感じ。

浴槽を掃除するのに、皮をそのままにはしておけない。
元人間で排水口を詰まらせでもしたら大変なことになる。
したがって、腐敗水の中の固形物のほとんどは網状の器具を使ってすくい取らなければならない。海や河のように流れて行ってくれれば楽なんだけど。


私自身は未経験だけど、海やダム等の水中で腐乱した場合、皮が身体の形をとどめたままスッポリと抜けていることがあるらしい。
だから、手の皮なんかは手袋と見間違えるような形で浮いていることもあるそう。

ただ、私が浴槽からすくい取る皮は、身体の形を残しているようなものはない。
そんな浴槽をまさぐる緊張感はたまらなくBAD!
まさに「何がでるかな♪何がでるかな♪」と言った感じで。

器具を通じて伝わる感触は何とも言えないものがあり、明らかに何かをキャッチした網を腐敗水から上げるときは緊張度もMAX!
分かるかなぁ、分かんないだろうなぁ・・・このドキドキ感を伝えきれないことが残念だ。


また、床で死んだ場合も、極めて黒に近い茶色になった皮が残っていることが多い。
これは、皮が乾燥した状態で床にくっついているものだから、削り取るしかない。
カーペット・畳や布団・ベッドの上だとそのまま廃棄できるものが、フローリング床とかだと床を傷めないように除去しなければならないので大変。
汗をかきかき、コツコツと削るしかない。
大工仕事みたいな作業を続けていると、自分が削っているものが元人間だったことを忘れてしまう。
この仕事は経験を積めば積むほど神経もズ太く(おかしく?)なる。
いつの間にか、どんなグロい現場も平気でこなしてしまうようになっている自分に、我ながら感心してしまうこともある。
自分の将来を考えるとちょっと恐い(笑)。

最後に一言。
この時季は毎年必ず水の事故で亡くなる人がいる。
これから、海や川に出掛ける予定のある方、くれぐれも事故には注意を。
水を怖がることは格好悪いことじゃないからね。

避暑・納涼と言ったって、出掛けた先で本当に冷たくなって帰ってきちゃいけない
よ。




2006/7/22




「悪夢にうなされるようなことはないのか?」という類の質問が読者から寄せられることがチラホラある。
そういう質問を受けてあらためて思い出してみると、私は仕事がらみの夢はあまり・・・と言うかほとんど見ていないことに気づいた。
ただ、そんな夢も皆無ではない。
かなり前にみた夢だが、覚醒してからもしばらく後味の悪い思いをした夢を紹介したいと思う。


遺体処置業務のこと。
古めの一戸建、私は死んだ老婆に死後処置を施していた。
遺族も一緒に立ち会い、ほとんどの遺族に共通して見られるように、その雰囲気と振舞いは悲しみに包まれていた。
昨日のブログ記事にも通じる部分がある、何となく身体の温かさが残っている、まだ生死の間にいるのではないかと思えるような遺体だった。
作業を進めているうちに、何となく遺体が動いたように感じた。
「気のせいか?」と思いながら更に作業を進めていると、今度はかすかに息をしているように感じた。
さすがに変に思った私は遺体の口元に耳を近づけた。
かすかながら、しかし明らかに呼吸をしていた!
そして、かすかに身体も動き体温も取り戻してきていた!
そう、老婆は生き返ったのである。

驚いた私は、一気に興奮状態。
急いで口や鼻に詰めた綿を取り出し、老婆の蘇生を手助けしようと躍起になった。
一緒にいた遺族にも「おばあさん、生き返りましたよ!」と喜びの声を掛けた。
と同時に「急いで、救急車を呼んで下さい!」と頼んだ。
私は「死者の蘇生」という初めての経験と、老婆が生き返った喜びにかなり興奮していた。

しかし!遺族は一向に救急車を呼ぶような素振りは見せず、何やら身内同士でヒソヒソ話を始めた。
「急いで!早く!」と促す私と、それを無視して静観する遺族。
そして、よく見ると老婆の蘇生を喜んでいる遺族は一人もおらず、それどころかみんな困ったような不快な表情を浮かべていた。
遺族との間にかなりの温度差があることに気づいた私は、独りで勝手にテンションを上げてしまった気恥ずかしさと、蘇生した老婆をどうすればいいのか分からなくなった困惑とで気分がブルーになってしまった。
「なんて冷酷な遺族なんだ!」「さっきまで、老婆の死を悲しんでいたばかりじゃないか!」と。
そんな状況の中で目が醒めた。

この夢を見た当時は、この遺族に人間の本性を見てしまったような気がして後味の悪さに閉口したものだった。
しかし、今、あらためて思い出してみると当時とは違った考えが湧いてくる。
「老婆の蘇生を素直に喜べない、他人には分からない事情があったのかも」と。
介護や看病などの手間、人間関係の問題、経済的な理由など・・・。
夢の中の出来事とはいえ、老婆の蘇生に歓喜した私の喜びは、所詮、人の生存本能からくる無責任な喜びでしかなかった。
対して遺族には責任がある。
「老婆に対しての責任がつきまとう遺族には、素直に喜べない事情があったのかもしれない」
今は、そう思うのである。
そして、私が、遺族や遺体に無用な感情移入をしないようにしている理由は、この辺りにもあるのだろう。

「他人の不幸は蜜の味」という言葉がある。
イヤな言葉だけど、人間の本性を突いた言葉でもあると思う。
私自身にも思い当たる節がたくさんある。
自分以外の人間と喜びや悲しみを真に共有することって、かなり難しいと思う。
ましてや、赤の他人と死の悲しみを共有することなんかできやしない。
少なくとも、この私には。
だから、遺族に対して無責任かつ野次馬根性的な感情移入はできない。
そして、自分のことを、「他人と喜びも悲しみも共有できる善人」と勘違いしないように気をつけている。恥ずかしながら、実態はその逆だから。

そんな私の態度は時には冷淡に、時にはビジネスライクに、そして時にはプロっぽく映るかもしれない。
賛否あると思うが、それが私なりに義であり礼である。

梅雨のせいで脳ミソにカビが生えたのか、仕事疲れのせいで脳ミソの回転速度が落ちたのか、最近はサッパリとくだらないジョークを思いつかなくなった。くだらないオチもね。
そんなの必要ないかもしれないけど、そんなささやかな笑いを提供できる粋な(自己満足)自分が好きだったりするものだから、最近の自分を自分で観察すると「イケていなぁ」とぼやきたくなる。
くだらない事でも笑えるくだらない男だから。




ちょっとドキッ!
2006/7/21




遺体の眼がパッチリ開いていたとき。
薄目を開けている遺体は珍しくはないし、完全に目蓋を開けている遺体も少なくない。
その多くは、筋肉の緊張がなくなったり、腐敗が進行することが原因で眼球が下がることによって起こる現象。
この状態の目蓋を閉じるにはちょっとした技術が必要。
薄目ならともかく、パッチリと眼が開いた状態はさすがの遺族も気味悪がる人が多い。
そう言う私も面布(遺体の顔に掛ける白い布)を取った瞬間、ちょっとドキッ!とする。
そして、私の経験では100%の遺族が「閉じてくれ」と依頼してくる。
やはり、「遺体は眼を閉じているべき」という先入観があるのかな?

ロープがぶら下がっていたとき。
遺族もなかなか言い出せないのだろう、自殺現場だと知らされずに現場に出向くことがある。
床などの汚染部分に目を奪われていて、突然、ぶら下がったままの首吊ロープを見つけたら、ちょっと引く。
無神経な私は思わず「自殺ですか?」とストレートに訊いてしまう。
訊いた後で「もっと気を使った言い方をすればよかった」と思うことが多い。

遺体を落としてしまったとき。
親しい知人の母親が亡くなったとき、遺体を病院から自宅に運んだ。
車から遺体を降ろすとき、ストレッチャーの脚がうまく伸びずに担架ごと地面に遺体を落としてしまった。
遺族からは「キャーッ!」と悲鳴が上がったと同時に私も声にならない悲鳴をあげた。
遺族の一人が親しい友人だったことが不幸中の幸いで、謝って済ませてくれた。
これが、謝るだけじゃ済まない相手だったら・・・と思ったら今でもちょっと冷汗もの。
(7月8日掲載「そこのけ、そこのけ、死体が通る」参照)

遺体が声をだしたとき。
遺体の口腔内にはガスや空気がたまる。
遺体を動かすときにそのエアが口から漏れることによって、声を出したように聞こえるときがある。
そんな遺体には「生き返るかもしれない・・・」という妄想が頭を過り、しばらく作業を止めてしまう。
もちろん、私の経験には遺体が生き返ったという事例はないが。
やはり、声が聞こえるとちょっと手を止めてしまう。

遺体が温かいとき。
普通の人は温かくて柔らかいのが人間だと思っている。
私にとっては冷たくて硬いのも人間。
しかし、遺体は冷たくて硬いものばかりではないときがある。
亡くなってから間もない人や保温性の高い状態で安置された人などは、体温が温存されていることが多い。特に、外気に触れにくい背中は。
普通の人は冷たくて硬い人を触るのには抵抗があると思うが、私は温かくて柔らかい人にちょっと抵抗感を覚える。だって、その人は死んでる訳だから。

車にウジがいたとき。
作業を終えて後片付けを済ませて帰途につく車に乗ったら何故か座席にウジが這っている。
「なんでこんな所にウジがいるんだ?」「俺が連れてきたのか?」と思ったら、急に気持ち悪くなる。
見える範囲で自分の身体を見回す。
ウジって、居るべき所に居る分には何ともないけど、居そうもない所にいきなり発見するとちょっと気持ち悪い。

街から腐敗臭がしたとき。
悪臭には色々なものがある。各種のゴミや排気はもちろん、挙げていけばきりがない。
腐乱死体臭はその最たるものかもしれない。
そして、その臭いを嗅ぎ分けられるのは限られた人間。
たまに、何気なく歩いている街からその臭いを感じることがある。
そのほとんどは気のせいにできる程度なのだけれど、確信を持てるレベルの濃い臭いを感じることがある。
深入りしないのは冷酷・無責任なのかもしれないけど、迷わず不介入。
でも、心臓の鼓動はちょっと高くなる。
(7月11日掲載「液体人間」参照)

トイレが真っ黒だったとき。
長〜く掃除しないでいるとトイレというものは真っ黒になる。
便器はもちろん、床・壁・天井に至るまで真っ黒の黒!!
その黒さは色を塗ったのかと見紛うくらい。
その正体はカビ!恐るべし!

腐乱現場のドアを開けるとき。
腐乱現場のドアを開けるときちょっとドキドキする。
中がどんな状況になっているか分からないから。

分からないからドキドキする。
分からないからワクワクする。
長く生きたって80年そこそこ、終わってみれば短いはず。
人生は、先のことが分からないから面白い。

さて、次のドアの向こうには、どんな未来が待っているのだろう。
ドアの隙間から流れ出ている腐敗液が、私を一層ドキドキさせてくれる。




酒と遺書
2006/7/20




私の仕事においては、自殺遺体や自殺現場に遭遇することは珍しいことではない。
昔は、自殺には通常死とは違った感覚を覚えていた。
変な言い方になるかもしれないが、時に新鮮だったり、時に不気味だったり、時に憤ったり、時に同情したり、時に緊張したり、時に興奮したり。

いいのか悪いのか分からないが、今は、自殺遺体や自殺現場に慣れてしまった自分がいる。
自殺現場となると遺族からの依存度も高いので、それに応えようと妙に張り切ってテンションを上げてしまう自分がいる。
職業柄から仕方のないことかもしれないけど、明らかに一般の人と比べ死に対する感覚が異なっている自分がいる。

自殺を大きく分類すると、衝動的なものと計画的なもの、そしてその両方を兼ね備えたものに分かれると思う。
衝動的な自殺と計画的な自殺を判別する材料は色々あるだろうが、身辺整理をした形跡の有無と遺書の有無は大きな要素になると思う。
私の経験では、明らかに身辺整理をしたような形跡があった現場はなかった。整理整頓された部屋を、故人の死後に警察や遺族が散らかした可能性も大きいが。
また遺書を直接見たことはない。遺書の存在や内容を遺族・関係者から聞かされることはあっても。

遺書にも色々あるよう。
短いメモ書き程度のものやこれから死ぬ人間が書いたとは思えないようなシッカリした文章のもの、同じく残される人に遺志を託すものや残される人のことを案じるもの等。
自分が死んだ後のことを憂いながらも、自ら死を選ぶ究極の選択だ。
私も好き勝手な憶測で文章を書いていながら、真の理由は本人にしか分からないという淋しい現実があることも承知している。

遺体の傍に酒の空瓶や空缶が転がっている現場がある。
本当は死ぬのは不本意なのに死ぬしか道がないと覚悟して、それでもこの世に未練があったり残される人のことを案じたり、死ぬのが怖いと思いながら決死の自殺を図る・・・酒の力を借りて。
例によって、私の勝手な憶測かもしれないけど、酒を煽ったような跡がある現場は少しの戸惑いと嫌悪感みたいなものを覚える。
「酒の力を借りなければ自殺できなかったのか・・・だったら生きてりゃよかったのに・・・」と思ってしまうから。
これは、衝動的な自殺にあたるのだろうか、計画的な自殺にあたるのだろうか。
自殺にスッキリするもしないもないけど、どうもスッキリしないモヤモヤしたものを感じてしまう。

「だったら自殺なんかしなきゃいいじゃないか」と思うのは正しいことか。
「死ぬ気になったら何だってできる」と言うのは健常なことか。

自殺を考える人にとっての死は、楽になれること、苦難から逃れられること、ウサを晴らすこと。自殺を嫌悪する一般の人々とは相容れない価値観を持っている。
「死ぬ気になったら何だってできる」なんて理屈はナンセンス、通用しない。
「何でもやらなきゃいけないのなら死んだ方がマシ」と言うことになる。
6月14日掲載「自死の選択」で記したことも本音ながら、一方で自殺を否定しようとする自分と肯定しようとする自分が葛藤している。

私は遺書(遺言)を書いてある(書き続ける)。
親しい友人・知人に遺言を伝え、希望する葬式の仕様まで残してある。
もちろん、今は自殺願望はないけど私にとって生きるために遺書(遺言)は必要だから。
読者にも遺書(遺言)は書いておくことを勧めたい。
自分の誕生日に合わせて毎年遺書を書き溜めていくのがよくあるパターンかも。
遺書を書くと、自分にとって大事な人は誰か、何が大切なのかがよく分かってくる。
価値観の真(芯)が見えてくる。
そして、生き方が少しだけ変わる。


死にたくなったら、まず遺書を書こう。
一人で静かに時間をかけて、できるだけ素直に、できるだけ詳しく、残される人にできるだけの想いが伝わるように。
それが生きる術になるから。




ある日突然
2006/7/19




自殺者数に比べれば少ないものの、交通事故で死ぬ人も決して少なくはない。
私の知り合いでも、過去に交通事故死した人が何人かいる。
交通事故死にも色々なドラマがある。

私が初めて遭遇した交通事故死は20歳前の女性だった。
まだ、死体業を始めて間もない頃で、見習として先輩スタッフに着いて回っていた頃だ。
何もかもが初めてのこと、雰囲気的に自分の居場所さえ自分で確保できないような有り様だったので細かいことはよく覚えていないが、遺族が号泣していたことと、成人式に着る予定だったという振袖の着物を着せていたことを憶えている。
そして、何故か、その女性の姓名も今も憶えてしまっている(別に憶えておきたくないのに、忘れることができない)。
そして、この仕事をしばらく続けていると、若くして事故死する人にはある共通点があることを偶然に発見してしまった。
ただし、それは自分が遭遇した事故遺体に100%当てはまっているものでもないし、自分で強い確信を持っている訳でもないので、あえてここでは取り上げないことにする。
もちろん、科学的根拠もないし、説明を求められても納得のいく回答もできないし。
多分、たまたまの偶然が重なっただけだろう(気になる?)。

若い男性が交通事故で死んだ。
シートベルトをしていなかったのだろう、頭からフロントガラスを突き破ったらしい。
私がその遺体を見たときは、頭が割れ、顔面はワインレッドに光っていた。
「ワインレッド」というのは無数の細かいキズと血。
「光っていた」というのは、ガラスの粉が顔全体に付着していたせいで顔全体がキラキラ光っていた状態ということ。
粉末のなったガラスは拭き取れるようなものではなく、皮膚もザラザラにキズついていた。そんな具合で、首から上はどうにも手がつけられなかった。

男性は相当のスピードのまま突っ込んだようで、ほぼ即死状態。
本人は、そう苦しまずに逝けたかもしれないが、残された家族は本人の何倍もの精神的な痛みに襲われたはず。
相手のいない自爆事故だったと言うことだけが、不幸中の幸いと言えようか。
顔の損傷が酷く、結局、7月13日掲載「女心」の故人と同様に柩に入れてからも顔が見えないように隠すしかなかった。

年配の女性が交通事故で死んだ。
道路を歩いているところを車に跳ねられたらしい。
歩道スペースがある道の曲がり角、スピードをだした車はコーナーを曲がるときに大きく外側に寄ってしまい、たまたま歩いていた女性を跳ね飛ばしたとのこと。
加害者は無傷、被害者(年配女性)は意識不明のまま数日後に亡くなった。

目立った外傷は後頭部のみ。
交通事故と聞かなければそれとは分からないくらいの遺体だった。
遺族は突然の悲しみに呆然としながらも、加害者への憤りを隠しきれないでいた。
尋ねもしない事故の話を、一方的に話すことによって少しでもウサを晴らそうとしているようにも見えた。
私は、作業をしながらそれを黙って聞いているしかなかった。
同時に、一瞬の事故が何人もの人生を狂わせてしまう恐怖を覚えた。
後頭部の傷跡とは裏腹に、顔は眠っているような安らかな表情を浮かべていた。

確かに、スピードをだして走るのは爽快だ。
社会的には追い越されっぱなしの自分が、道路でだけは他人を追い越すことができる。
自分の命と引き換えに、そんなささやかな優越感を楽しんで逝った人もいると思う。

交通事故の悲惨さを人並み以上に知っている私は、車に乗ってもむやみにスピードはださない(だせない)。
後ろから煽られてムッとなるときもあるけど、基本的には追い越されても割り込まれても気にしないことにしている。
ただ、残念なことに、いくら自分が気をつけていても相手にやられる可能性はなくならない。
車と車の間を蛇行運転で走り抜けていくバイク、猛スピードで追い越していく大型トラック、車間距離を詰めて前の車を煽っている車・・・「事故んなよぉ」と思うばかり。

交通事故は加害者になっても被害者になっても大損。
ケガをしてもケガをさせられても大損。
ましてや、他人の命を奪ったり自分が命を落としてしまったら取り返しがつかない。
一瞬のことで一生が狂ってしまうのが交通事故の怖さ。

まるで警察の回し者みたいなことを言うようだが、とにかくスピードの出し過ぎが事故のもと。少しでも心当たりのある方はくれぐれも注意されたし。

ちょっと余談。
「警察」で思い出したが、仕事中に車を運転していて警察に止められたことが今までに何度かある。
高速道路出口の一時停止無視、右折禁止交差点での右折、踏切での一時停止無視、携帯電話での通話など。
「人が死んだ!急いで行かなければならない!」と慌てながら言うと、警察官も驚いて「今回は特別に」と言って見逃してくれることが多い。
警察官でも人の子。「人が死んだ」と聞けば普段は動かない情も動くのだろう。
上記の四件は全て、それで見逃してもらった。
嘘によって逃れるのはよくないと思うけど、私は決して嘘はついていない。でしょ?


ある日突然、小学生の男児が交通事故に遭った。
横断歩道を渡る途中、脇見運転・信号無視の車に跳ねられた。
横断歩道から20〜30mのところに生々しい血痕が残っていた。
数日間の昏睡状態の後、やっと意識が回復、家族と言葉を交わして間もなく息を引き取った。
身体は小柄ながらも足が速く、野球が上手な子だった。
絵を描くのも上手く、学校の勉強もよくできた子だった。
幼稚園のときからの幼馴染だった。
彼が逝ったのは20数年前のちょうど今頃、楽しい夏休みを前にした梅雨の季節だった。
「もし、彼が事故に遭わなければ・・・」
時々、幼くして逝った彼のことを想い出し、無邪気な笑顔で脳裏に戻ってくる面影を偲んでいる。




ウ○コ男
2006/7/18




容易に想像してもらえると思うが、夏場の特掃業務は過酷さを極める。
更に、夏場は特掃依頼の数でいうと、一年を通した山場でもある。

その理由も想像は説明するまでもなく、気温・湿度の高い夏は遺体の腐敗スピードも早いからである。
しかも、一件の現場のみならず、そんな現場を複数抱えなければならないことも、過酷さを増す要因になる。

逆に、気温・湿度の低い冬場は遺体の腐敗スピードもかなり遅く、不幸中の幸いに、ある程度の腐敗が進行する前に家族や関係者に発見されるケースが多い。
「無断欠勤が続いている」「ここ何日か電話にでない」「新聞がたまっている」等の生活異変で。
もちろん、真冬でも遺体は少しづつ腐っていくが、ミイラ化現象も並行していくので絵に描いたような腐乱死体になるには、結構な時間を要するのである。
(「絵に描いたような腐乱死体」については、7月12日掲載「液体人間」を参照)
対して、夏場は「異臭がする!」と近隣住民が通報することがほとんど。
それだけで、現場の悲惨さや過酷さを想像できると思う。

それでも、玄関や窓を開けて作業ができればまだマシ。
できるだけ外部に悪臭を漏らさないように、ドアや窓を閉め切って作業することを望まれる依頼者も少なくない。極端なケースだと、外から中が絶対見えないように雨戸を閉め切らざるを得ないこともある。
もちろん、そんなことを横柄に指示してくる依頼者はいない。こちらの労苦にも配慮をもらった上で、言いにくそうに頼んでくる人ばかり。
近隣住民に対する依頼者の気持ちは痛いほど分かるので、「冗談じゃないよ!」「勘弁してくれよ!」等とは思わず快く引き受ける。


しかし、それだけ作業は過酷になる。
最悪なのは、電気が停まっているのに雨戸を閉め切らないといけない場合(これは滅多にないが)。
昼間と言えども中は暗くなる。
大きめの懐中電灯を部屋のあちこちに置いての手探り作業。当然、頭にもつける。
そんな現場は、まるでサウナに腐乱死体と入っているようなもの。
一時間も連続しては入っていられない。
こまめに外にでて水分補給と深呼吸をしないと倒れそうになる。
(残念ながら、年齢による体力の衰えが否めない)
そして、その都度、防汚装備を脱着しなくてはならず、作業効率はかなり落ちてしまう。
でも、作業効率を優先するあまりに無理をして、仮に中で倒れて逝ってしまうようなことがあったら、私の関係者は泣いていいのか笑っていいのか分からず反応に困るだろう(笑)。
自分の死を常に意識する癖がついてしまっている私は、ちょっと体調が悪くなっただけでもそんな事を考えて気持ちの帯を締め直す。
そして、どんなに作業効率が落ちても、キツイ無理はしない。
現場で死んだら、ホント、洒落になんないからね(笑)。

汚染現場が水回り系(風呂・トイレ等)だと全身防護服を着ることが多いが、そうでないとマスクと手袋くらいで済ます。
サウナ状態の現場で全身防護服なんか着たら、作業に手を着ける前に倒れてしまう。

防護服を着ても腐敗臭は身体やユニフォームに付着する。
当然、防護服を着ないと尚更。
これが臭い!!
自分でも自分が臭いことが分かる!
作業が終わって外にでてもプ〜ンと自分が匂っているのが分かる。
生きているくせに腐乱死体の臭いがする人間なんて、世界広しと言えどもそう滅多にはいないだろう。ひょっとして天然記念物級の貴重な存在?
そんな状態だから、事情を分かっている依頼者以外の他人には近づけない。
(店に入ると他人に不快な思いをさせてしまうので、飲料・食料類は事前に買っておく)

しかし、「何やってるんですか?」「ここで何かあったんですか?」と、モノ珍しそうな顔をして不用意に近づいてくる通行人がいる。
依頼者とは暗黙の守秘義務を交わしている私は他人に余計な事は言わない。
返事の代わりに悪臭パンチ。私の身体が放つ悪臭パンチに驚愕の表情を浮かべてスゴスゴと引き下がって行く(逃げていく)。

一番手間がかかるのは子供。
近くに子供達の姿が見えると「こっちに来るな!」と念じる。
子供は好奇心が旺盛だ。
ちょっと変わった雰囲気を醸し出している私に遠慮なく近寄ってくる。
そして、「うわぁッ!臭ぇー!」と更に遠慮のないセリフを吐いて走り逃げて行く。
愉快な連中になると、友達を呼んできては度胸試しでもするかのように私に近づいては逃げることを繰り返す。
かつての自分にも覚えがあるが、子供って無邪気な分、言葉や態度もストレート。
他人への礼儀なんかお構いなく、自分達が楽しむことを優先する生き物(それでいい)。

始めは、微笑ましく思いながら寛容に受け入れているものの、何度もやられると次第に悪戯心が芽を出す。
そのうちこっちも開き直って子供のようになり、「オジさん、ウ○コがたくさん着いてるんだ」と言って追い駆けるようなしぐさをする。そうすると、叫び声をあげて逃げていく。
でも、そこは子供。
結局、それを遊びにしてしまい、また戻ってくる(可愛いものだ)。
戻ってくる度に人数が増えてくる。
まるで、ウジ・ハエのような連中だ(笑)。
彼等が成長していくにつれ、「ウ○コ男」は伝説になっていくだろう(笑)。

子供達には子供時代の純真無垢な楽しさを充分に満喫してほしい・・・かつての私のように。
そして、無邪気な笑顔で真っ直ぐに育ってほしい・・・私のような人生を歩まないように。
消臭剤を自分にかけながら、その思いを強くする私である。




愕然!
2006/7/17




ある不動産管理会社から自殺腐乱現場の見積依頼がきた。
場所は、一般には高級住宅街と言われる地域。
中年男性の首吊り自殺だった。自殺の理由は借金苦。
管理会社の担当者に聞くまでもなく、部屋に散乱していたクレジット会社や消費者金融からの請求書で、それは容易に察することができた。
マンションの築年数はそれなりに経過しているものの、その立地もよく高級感のあるたたずまいで、いかにも「買うと高そうだな」と思われるような建物だった。

管理会社立ち会いのもと、いつもの調子で現場の部屋へ。
管理会社の担当者は玄関の外で待っていた。
腐乱痕と腐敗臭以外は、特に変わった雰囲気もなく、多少散らかっている程度の部屋だった。もちろん、毎度のウジ・ハエもたくさんいた(彼等の存在は当り前過ぎて、いちいち書くのも面倒になってきた)。

見積作業では、色々な角度からその部屋を観察しなければならない。
見積り一つ間違うと、赤字仕事になってしまうからである。
私の会社は、一発見積りで金額を確定し、作業中や作業後になってグズグズ言って追加料金をせびるようなことは一切しない。
現場業務はもちろん、金銭的にもクリーン第一!(宣伝)。

その際、何気なく見た本棚に、「ん?」と思うような固有名詞の入った書類が目に留まった。
「これは・・・」、そこには、ごくごく一部の、ごくごく特定の人間にしか分からないような資料があったのである。
そして、その「一部・特定の人間」に私も含まれていた
「なんで、○○の資料がここにあるんだ?」と少し驚いた。
嫌な予感がして、「まさか・・・!」と思いながら、更に目を凝らして部屋を見渡した。
写真タテに飾られた写真もいくつかあり、写真に写った人物を見て愕然とした!
「これは○○さんじゃないか!?」と。
何枚かあった写真を一枚一枚顔に近づけて、何度も何度も見直した。
なんと、写真に写っていた人物は私が見知った人だったのである!
いきなり、心臓がバクバクし始めて、「まさか!人違いだろ!?」「人違いであってくれ!」と思いながら夢中で名前を確認できるものを探した。
氏名はすぐに判明し、力が抜けた。残念ながら、やはり故人はその人だった。
心臓の鼓動は不規則になり、呼吸するのも苦しく感じるくらいに気が動転した!

故人とは、二人で遊ぶ程の親しい間柄ではなかったが、あることを通じて知り合い、複数の人を交えて何度か飲食したり話しをする機会があった。
見積時は、縁が切れてから既に何年も経っていたが、関わりがあった当時のことが昨日のことにように甦ってきた。

彼は当時、かなり羽振りがよさそうにしていて、高級外車に乗っていた。
高級住宅街に住んでいることも自慢していた。
自慢話が多い人で、自分の能力にも生き様にも自信満々。
かなりの年齢差があったので軽く扱われるのは仕方がなかったけど、正直いうとあまり好きなタイプの人物ではなかった。
しかし、「(経済的・社会的に)自分もいつかはこういう風になりたいもんだなぁ」と羨ましくも思っていた。

その人が、首を吊って自殺した。
そして、目の前にはその人の腐乱痕が広がり、ウジは這い回りハエは飛び交っている。
自分が今まで持っていた価値観の一つが崩れた瞬間でもあった。
しかも、よりによってその後始末に自分が来ているなんて・・・気分的にはとっとと逃げ出して、この現実を忘れたかった。
身体に力が入らないまま、とりあえず見積作業を済ませて、そそくさと現場を離れた。
その時の私は、「この仕事は、やりたくない・・」と思っていた。

もちろん、管理会社には、故人が自分と知り合いだったことは言わなかった。言えもしなかった。管理会社だけではなく、その時は誰にも話したくなかった。
でも、否応なく注ぎ込まれる嫌悪感が自分の心のキャパシティーをはるかに越えていた。
誰かに話さないと自分がおかしくなりそう・・・だけど、誰にも話せない・・・。

同情心でもない、悲壮感でもない、喪失感でもない、なんとも言えない重いものが圧し掛かってきて、しばらく気分が沈んだ日々を過ごした。
その人が持つ経済力や社会的地位だけとは言え、羨望視していた人が金銭苦で自殺した・・・その厳しい現実をどう受け止めて消化してよいものやら・・・私の心は完全に消化不良を起していた。
そして、それを消化するのにかなりの時間を要したのである。

作業的なことでは経験を積みながら随分と鍛えたれ、神経もズ太くなって打たれ強くなっていた私だが、知人の死についてはかなり打たれ弱いことが自分自身の中で露呈した。
(もちろん、今は立ち直っているからブログに書いている訳だが)

結局、不本意ながらもその現場の特掃依頼は入り、作業を実施することになった。
本当は行きたくなかった。
でも、仕事は仕事、依頼者に対しても責任があるし、お金をもらう以上はプロとしての仕事をやってみせるのがスジ。
更には、自分自身に「こういう現実から目を逸らして逃げてはいけない」という自戒の念が働いた。
仕事を通じて依頼者をサポートするのが私の責任なのに、当の私が逃げていたのでは話にならない。
依頼者である遺族や関係者は、逃げたくても逃げられないのだから。

現場では、とにかく無心で作業した。
いつもより、無意識に急いでやったように思う。
写真はもちろん、名前がでているようなモノもあえて見ないようにして作業を進めた。
普段は、無神経に見えるくらいの態度と雰囲気で仕事を進めるのだが、「故人が知人となると、ここまで気が重くなるものか・・」と重い気分と新鮮な感覚が交錯した。
故人には申し訳ないけど、少しは遺族側の気持ちを体感することができて、私にとってはいい薬になったかもしれない。
そして、自分の弱い部分が自覚できたことも収穫と言えば収穫。

更に、「あれだけ自分の人生に自信を持ち自分の生き様を自慢していた人が、最期をこういうかたちで迎えることになるなんて・・・」「先々のことは本当に分からないな・・・」とあらためて痛感した。

自殺志願者の気持ちは少し理解できる。
無責任なことを言うようだけど、とりあえず空気を吸い、何かを食べ、雨時々曇りの人生でも、惰性でもいいから、もう少し辛抱してこの世に存在してみたら、意外なところから陽が照ってくるかもしれない。
本当は、いくつかの道がまだ残っているのに、余計なプライドとか世間体とか怠け心(甘え)等が、自分の歩みを邪魔しているってこともあると思う。
死にたくなったらいつでも死ねる。
でも、いくら生きていたくても寿命ばかりは自分で決めることはできない。

誰の人生も、のんびり晴れた日ばかりじゃないと思う。雨も降れば風も吹く。時には暴風雨が襲ってくるかもしれない。
風雨に曝されるのに耐えられなかったら、雨風が凌げるところへ避難すればいい。
「根性なし」「弱虫」「負け犬」などと罵られても、逃げればいい。
格好悪くてもいいから、逃げればいい。
無理に気張ってビショ濡れになっても、結局、風邪をひくのは他人ではなく自分。


そんなことを考えながら、日々、目まぐるしく変わっていく心の天気に逆らわずに生きられるよう自分を励ましているのである。




暑中お見舞い申し上げます
2006/7/16




私のブログも何のお陰か二ヶ月続けることができた。
訳あって現在は非公開にしている読者からの書き込みは、それがどんなに短い文章でも、学ぶこと、感じることがある。
精神的にも支えられている部分がある。感謝である。

過ぎていく時間のスピード感は、その時々によって違う。辛く苦しい時は長く感じ、楽しく幸せな時は短く感じる・・・そう感じる人も少なくないのではないだろうか。
かく言う私もその一人。
特に、最近は時間の経過を早く感じる。・・・と言う事は、今の私は幸せなのだろうか(?)。
時に、「長生きしたい」と思ったり「長生きしたくない」と思ったり、また、「死にたくない」と思ったり「死にたい」と思ったり。
少しでも命を永らえようと重い病気と必死に闘っている人もいれば、自ら死を選ぶ人もいる。
こんな仕事をやっていると、いやでも自分なりの死生観というものができ上がってくる。

読者からの書き込みに、私の文章力を誉めてくれるものが少なくない。
その裏腹に、私は読書がかなり苦手だし自分でも文才があるとは思えないのだが、誉められると素直に嬉しい。
ちなみに、書いている内容・文章は一語一句、間違いなく私自身が書いているものであって、俗にいうゴーストライターがいる訳ではない。
たまに誤字や脱字、文法的におかしい点もあると思うが、まぁ、それもご愛嬌。
時間があるときに、思いつくままを書いているもので御容赦を。

ただ、ホームページにアップロードしているのは私ではない。
「アナログ人間」と自称している私がそんなテクニックを持っているはずがない。
では、誰がやっているかというと、当初、私にブログを書くように提案した同僚である。
今は、本ブログ運営には欠かせない相棒みたいな存在なので、ここでは「管理人」と呼ぶことにしよう。
私は、Word打ちした文章を、その同僚宛にメールし、その同僚が毎朝アップしてくれているのである。
だから、アップする時間もその同僚次第(その時刻で管理人の出勤時間が分かる)。

「ブログは毎日更新した方がいい!」と提案したのも管理人。
当然、アップロードは会社でしかできない。
私を甘く見ていたのか、勝手に休刊日を作るとでも思っていたのか、私が休まず記事を送るものだから、それを毎朝アップせざるを得ない彼は会社を休めなくなっている(笑)。
休むとしても、朝は一旦出社してからの早退。
世に中で、私のブログが停止するのを一番望んでいるのは管理人かもしれない。
もっとも、私に妙な仕事を押し付けた訳で、自業自得?
本人は、この記事を読みながらアップロード作業をやる訳で・・・今、複雑な心境だろうな(笑)。

私はPC操作も低レベル。
恥ずかしながら、Excelもマトモに使いこなせない。
世の中のIT化にはかなり乗り遅れてしまっているけど、それで仕事に支障がある訳でもない。
だって、Excelを使えば腐敗液がよく落ちる?
何かをダウンロードして持って行くと、悪臭が緩和される?
そう言ったもんじゃないでしょ(笑)。

また、「本にしたらいい」「書籍化したら売れる」等という話も少なくない。
何事も他人様に評価してもらえることは嬉しいのだが・・・。
当然のことながら、書籍化を提案してくる出版社・編集者はビジネスとして持ってくる。
そして、そういう商行為が悪い訳でも嫌いな訳でもない。
ただ、こんなブログを書籍化することで、世間にいいことがあるのかどうかが見極めきれていない。

このブログを開設した当初は、やたらとテレビや雑誌の取材依頼や書籍化の提案が多く来た。二ヶ月経過した現在は、少し落ち着いている模様。
会社側の判断で取材依頼の多くは断っているようだが、どちらにしろ私自身が取材に応じることはない。そして、これからもそのつもり。
世の中の流れは速い。
そのうち時間が経てば、世間から飽きられるかもしれないしね(笑)。

唯一、「書籍化してもいいかな・・・」と考えられる条件があるとしたら、それは、本の売上金を、親を失った子供達を損得抜きに支援している団体等に寄付するというもの。
ということは、当然、出版社・編集者側は赤字出版ということになるが、それでも志を同じくしてくれる会社があるなら書籍化の話に乗りたいと思う。
当然、私も、手間は惜しまないし、一円たりとも懐に入れるつもりはない。
ま、今の時勢で、そんな度量のある出版会社はない?

私だってお金は欲しい!
しかし、私の正業は物書きではないので、お金が欲しければ自分の正業を頑張るしかない。
下手に副収入でも入ろうものなら、欲深い私なんか銭の力で簡単に骨抜きにされてしまう。
でも、そんなお金を使って、幼くして事故・病気・自殺などで親を失った子供達の役に立つことができれば、何と幸いなことか。

・・・「獲らぬ狸の皮算用」は、これくらいにしておこう。


私は、自分のブログだからといって、何でもかんでも好き勝手に書けばいいと言うものではないと思っている。
くだらないジョークを盛り込んだり、つまらないオチをつけたりして、結構好き勝手に書いていると思われているかもしれないが、私が扱うネタの真実はかなりデリケートなもの。
文章から個人が特定できないような工夫も欠かせない(実は、ここに結構な神経を使っている)。
もちろん、フィクションにならない程度に。
本当はもっと深い部分まで書きたいのだが、現場や個人が特定できないまでに抑えざるを得ないため、読者に思いを伝えきれないもどかしさを覚えることも少なくない。
ま、これは仕方がないことなのだが。

どうしても、掘り下げて書きたいネタがあるときや、当該人物が明らかに「自分のことを書いているな」と分かるような文章を書く時には、事前にブログ掲載の許可と文章のチェックをしてもらっている(実際の数は少ないけど)。

また、過去の作業依頼者が私のブログを読んだとしても不快な思いをさせない配慮も大事。
自分のことを書いてないとしても、「こんな奴に仕事を頼んで失敗した」とは思われたくないのでね。

お分かりのことと思うが、この仕事は毎日決まった場所で決まった数が発生する訳ではない。極めて不規則かつ不安定な特徴を持つ。
特殊清掃がないときは、遺体搬送やエンゼルケア(遺体処置)もやっている。
自慢にもならないが、私は遺体がらみの仕事は何でもやる(できる)便利な人間なのである。


暑い夏の現場作業はキツイ!!特に、私が主に担当する特掃業務は!!
更に、皮肉なことに暑い夏に特掃の依頼は多く舞い込む。
特殊清掃・戦う男達は、今年の夏も暑さに負けず熱い戦いを繰り広げる。
(・・・夏の甲子園じゃないんだから、ちょっとカッコつけ過ぎ?)




冷暗室
2006/7/14




「霊安室」と聞いて何を思いつくだろうか。
言うまでもなく、そこは遺体を安置する場所。
そして、霊安室という名前がつけられた部屋がある施設と言えば、ますは火葬場が挙がる。葬儀専用式場もある。あとは、病院。

一口に霊安室と言っても、部屋の模様は各種バラバラ。
ホテルのラウンジのような豪華な所もあれば、倉庫のような御粗末な所もある。
遺体保管用の保冷庫を設置してある所もあれば、ただのテーブルをベッド代わりにしているような所もある。

これは、とある老人病院の霊安室でのこと。
「老人病院」と言われるだけあって入院患者のほとんどが高齢者。
死人がでない月はないだろう。
俗に言う、「アノ病院に入ったら、生きては出られない」と揶揄される病院の一つかもしれない。

私の仕事は、故人に死後処置を施し、自宅まで送り届けること。
病院の指示によると、「故人は霊安室の保冷庫の中。霊安室には何人かいるけど、行って見れば分かるから。」とのこと。
病院の職員も何かと忙しいのは変わりないので、遺体搬出に立ち会ってもらうことは断念。
職員の手を煩わせないように、一人で霊安室へ。

そこには遺体用の保冷庫が備わっていた。
「家庭用の大型冷蔵庫をそのまま横にした感じ」と言えば具体的に想像できるだろうか。とにかく、横長方形のでっかい冷蔵庫だと思ってもらっていい。
ほとんどの機種が一人一空間になるような構造。

私も、指定された遺体を求めて保冷庫のドアを開け、中を見てビックリ!
一人用の空間に、複数人の遺体が折り重なるように納まっていたのである。
それは、まるで一人分のカプセルホテルに5人で寝るようなもの。
それはまるで、死体のミニ山。
「うわぁ・・ヒドイことするもんだなぁ・・・」と呆れた。
全ての遺体は浴衣を着ており、判別しやすいようにその襟元には大きな字で姓名が書いてあった。
「この名前を見て遺体を捜し出せ」と言うことか・・・不満。

たまたま患者の死亡が重なって保冷庫の数が足りなくなったのだろうが、この状態を遺族が見たら見たらきっと怒るはず。
「ドライアイスをうまく使うとか、もっと他にやり方があるだろうに」と呆れるやら不満に思うやら。

折重なり合う遺体の中から、目的の人物を捜すのは往生した。
老人とは言え人間一人分の大きさと重さがある。
それらが狭いスペースに折り重なっているものだから、そりゃ大変。
「○○さぁ〜ん、どこですかぁ?」と独り言が口からでてしまうのはいつもの癖。
やっと目当ての遺体を見つけても、それを保冷庫から出すのがまた大変だった。
他の遺体を「ごめんなさいね。ちょっとどいてて下さいね。」等とまた独り言をいいながら、ヨイショ!ヨイショ!と作業した。


また、別の日、別の病院。
この病院では、病室のベッドまで直接迎えに行った。
霊安室を経由しないで、病室まで行くことも珍しくない。
私はストレッチャー(7月10日掲載「死体が通る」参照)を押しているので、他の人からみても何者かがすぐ分かる。

その病院で、一階から患者さんと同じエレベーターに乗ったときのこと。
私は何も言っていないのに、その患者さんは私の目的階のボタンを押してくれた。
そして、その人は「○階に行くんでしょ」と私の行く先を言い当てた。
霊安室がある階ならまだしも、一般病棟の一般病室に行くだけなのに。
「この人、超能力でもあるのか?」と困惑していると、その患者さんは追い討ちをかけるように「今日で○日連続なんですよぉ。○階で死人がでるのはぁ。」と言い残して、自分の病室がある階で先にエレベーターを降り去って行った。

余計な最新ニュースを聞いてしまった私は唖然。
「嫌なこと聞いちゃったなぁ」とブルーになりながら、目的階の目的病室へ。
気のせいか、その階では、他の患者さんの視線がひときわ鋭く感じた。
私は誰とも視線が合わない様、あえてうつむいたまま目的の病室へ行った。
たまたまとは言え、この階で○日連続して人が死んでいるものだから、看護士も気まずいのか、神経質に私と遺体に「さっさ遺体を積んで、さっさと消え去ってくれ」と言わんばかりの促し様だった。
遺族も早く出て行くように急かされているように映った。


死体業の実態もなかなか面白いかもしれないけど、病院の裏側にも面白い(笑えない)実態がある・・・自分が知っている事はほんの一部だと思うと人間不信に陥る。
汚い物って社会的にも物理的にも人目につきにくい「裏」にあることが多いと思う。
そして、何事も裏を知らないで済めばその方が幸せなのかもしれない。
病院霊安室の出入口が冷たく暗い裏側にあるのと同じように。




女心
2006/7/13




女性は、「常にきれいでありたい」と思う生き物だろうと思う(男の偏見?)。

私は、遺体がどんなに年少でも高齢でも、原則として、女性遺体の服を着せ替えたりはしない。
私にとっては、ただの「死体」でも、遺族にとっては、それは愛する母・姉妹・娘だったりするのだ。
死体とはいえ、どこの馬の骨とも知れない男が女性の服を着せ替えることは、遺族にとってもあまり心地いいこととは思えないからである。
しかし、遺族も私もそんなことを言っていられない切迫した現場もある。

「敗血症」という病気がある。
調べたものを簡単に転記すると「連鎖球菌などの病原菌が体内の病巣から絶えず血中に送り出され全身的な感染を起した状態の重症感染症」とある。
私は医者でも科学者でもないので敗血症について直接的な理屈は吐けないのだが、専門家から学んだりして少しは知識も備えている(安全に仕事をするために必要)。

ある20代の女性が病死した。
私が現場に出向いたのは亡くなった翌日。
遺体はバンバンに膨れ上がり、体表には無数の水疱。
元の身体の2倍どころではなく3〜4倍くらいに膨れ上がり、それぞれの水疱には黄色や橙色の体液が溜まり、皮が破れて体液が布団の外にまで染み出していた。
そして、その体液が悪臭を放っていた。

遺体の傍には母親一人が付き添っていた。
遺体の変容ぶりに母親は明らかに戸惑い困惑していた。
「昨日の夜は生きていたときと同じ姿で、まるで眠っているようだったのに・・・」と、やり場のない悲しみと憤りを誰にぶつけていいのか分からないまま何度も繰り返していた。
その気持ちはよく分かった。
普通だと数日かかるような変容(腐敗)がたった一夜で起こった訳だから、母親の気が動転しているのもうなずけた。

とにかく、その場は遺体処置を優先せざるを得ず、遺体を女性として尊重する余裕はなくなった。
もちろん、浴衣を脱がせる事などは母親にも了承してもらった上で作業。
このような遺体の数は少ないながらも、極めて珍しいと言う程でもないので、作業自体は大変ながらも経験域内の段取りで済んだ。
作業中も、母親は誰に話し掛ける訳でもなく、独り言のように同じセリフを繰り返していた。
そして、「見て下さい。こんなに可愛いらしい娘だったんですよ。」と故人が生前に元気だった頃の写真を持ってきて私に見せた。
確かに、母親の言う通り、そこには美人というか可愛らしい娘さんが写っていた。
しかし、現実に私達の目の前にある遺体は生前の面影も全くなくなり、見るに耐えない姿に変わってしまっていた。それも、たった一晩で。

母親には余命が分かっていた上での看病生活だったらしい。
したがって、娘の死を受け入れる準備は少しずつ整えていた。
看病しながらも、断腸の思いで娘の死を受け入れるだけの心構えはつくってきた。
だから、娘が逝ってからも比較的冷静にいることができた。
そして、想像していたのは娘の安らかな死顔と悲しくも平安な別れ。

母親にとって遺体の変容は全く予期していなかった現実。
そんな現実に対抗できるほどの心構えは微塵にもつくっていなかった。
遺体の変容は、母親に大きなショックを与えていた。
心構えが皆無だった分、そのショックは死よりも大きいものだったかもしれない。
娘との別れに二重に遭遇した感じで。

うまく表現できないけど、娘の死は母親に悲しみと同時に安らぎも与えたように思った。
しかし、その安らぎもつかの間、追い討ちをかけるように遺体が変容し、最期の最期まで母親を苦しめ悲しませる・・・。
残念ながら、誰にも遺体の姿を元通りにすることはできないのも現実。

普通は、遺体は柩に納まっても顔だけは見えるようにする。
しかし、この現場では顔も何も見えないように柩に納めた。
故人の気持ちを察するに、「醜くなった姿(故人や遺族には失礼な表現だが)を人前に曝されたくはないのではないか・・・」と考え、その提案に母親も同意した次第。
「女心」というものはそう言うものではないかと勝手に思った男(私)であった。


そして、何の助けにもならなかったかもしれないけど、私なりに思ったことを最後に母親に伝えて現場を引き揚げた。
「身体はあのようになっても、娘さんの魂は生前と同じように綺麗なままだと思いますよ」と。




ま、間違えたーッ!
2006/7/12




遺体搬送業務の話。
もう随分と前のこと、遺体を自宅から葬儀式場へ搬送する依頼が入った。
病院へのお迎えは「今すぐ」という依頼がほとんどだが、自宅へのお迎えは事前に時間を決められているケースがほとんど。
時間厳守も礼儀のひとつ。到着時間に余裕を持って連絡された住所へ車を走らせた。
当時はまだカーナビはほとんど普及しておらず、いつも縮尺一万分の一地図を使用して目的地に行っていた。それで、大きな支障はなかった。

指定された地番に依頼者名の入った表札を見つけるのは容易だった。
インターフォンを鳴らすと、家の中から初老の女性が出てきた。少し疲れた様子だった。
「故人を迎えにきた」旨を伝えると、少々怪訝そうな表情で私を家の中に通してくれた。
話がスムーズに通らないので、ちょっと変に思いながらも私は家の中に入った。

そして、仏間に通された。
てっきり、布団に寝かされた遺体があるものと思っていたのに、部屋には何もない。
よく見ると、扉の開いた仏壇の前に、お骨・遺影があった。
「?」と思った私は、「あのぉ、故人様は?」と尋ねてみた。
女性は、お骨に目をやって、「こんなに小さくなってしまって・・・」と泣きそうになった。
私の「?」は更に大きくなった。
次に何を言っていいのか分からなくて黙っていると、女性は「○日前に火葬して・・・」と、葬式の話をし始めた。
「住所は間違いないし、名字も合ってる」「なのに、故人は骨になっている」「どういうことだ?」あれこれ考えているうちに心臓がドキドキし始めた。
そして、やっと気づいた。

「ま、間違えたーッ!」
そう、私は行くべき家を間違っていたのである。

一瞬、頭が真っ白になったが、呆然としているヒマはない!
あとは、この場をどう取り繕って退散するか。
とにかく、ゆっくり仏壇の前に正座し、うやうやしく焼香をした。
冷汗をかきながら、その間にうまく脱出する策を考えた。
・・・葬儀を無事に終えた疲労をねぎらい、落ち着かれた頃に伺って焼香だけでもさせてもらいたかった旨を伝え、お骨になると喪失感も倍増するのであまり気落ちされないように励ました。
そして、「それでは、私はこれで失礼します」と深々と頭をさげて、玄関を出た。
女性の方も「わざわざ、ご丁寧に恐縮です」と言った感じで私に頭を下げた。

「故人を迎えに来た」と言って家に入っておきながら「焼香に来た」と用件をすりかえ、しかも名前も名乗らないまま退散。我ながら怪し過ぎる!

私は逃げるようにその家から離れて一息ついた。
家を間違ったことは分かったけど、今度は本当の目的地に行かなくてはならなかった。
心臓はバクバクと鼓動したまま、約束の時間を少し過ぎていることが合わさって焦りに焦った。

目的の家は、間違った家の近所で、番地も名字も全く同じだった。
確かに、同じ番地の家が数件あるような地域は珍しくない。
ただ、よりによって同番地・同姓で、葬儀を終えたばかりの家があったなんて・・・。

今度は、故人をフルネームで慎重に確認した。
時間も大幅に遅れることなく到着できて、ホッと一息。
しかし、すぐに一息なんかついている場合じゃないことに気がついた。
間違って訪問した家はこの家のすぐ目と鼻の先。
万が一あの女性が私の居る間にこの家の前を通りかかりでもしたらアウト!だ。
とにかく、回りの人影にビクビクと怯えながら急いで遺体を車に積み、ここも逃げるように車を出した。
幸い、どちらの家にもミスを気づかれずに済んだが、私は胃に穴が開きそうな思いをした。自業自得だけど。

結局、間違って行った家の女性が憔悴していたことが幸いして切り抜けられた訳だが、後から女性の方も「???」と思ったことだろう(ゴメンナサイ)。


次は遺体処置業務の話。
これも、もう随分と前のこと、遺体処置の依頼が入った。
この家にも地図をみながら出向いたのだが、その家はすぐに見つけることができた。
家族も私の到着を待っており、話はスムーズに通り、私は家に上げてもらった。

玄関から近い薄暗い和室に布団が敷いてあり、掛布団が盛り上がっていた。
「この部屋か」と、その部屋に入り、布団の前に正座した。
遺体は頭までスッポリと布団をかぶっていた。
うやうやしくお辞儀をしてから掛布団を取ろうとした時、死んでいるはずの遺体が寝返りをうった。「うッ!?」と、思わず体が反った。
と同時に遺族の女性(嫁)が後から部屋に入ってきて「そっちじゃない!そっちじゃない!」、「こっち!こっち!」と、笑いながら片手で口を押さえ、片手で手招き。

「ま、間違ったーッ!」
そう、私はお昼寝中のお爺さんを遺体と間違えたのである。

家の奥からは、「爺さんはまだ生きてるよぉー。殺しちゃダメだめだよぉー(笑)。」と、中年男性(故人夫婦の息子)の笑い声も聞こえてきた。
目当ての故人はお婆さんで、私が死人と間違ったお爺さんの奥さんだった。

遺体処置の場には、家族に集まってもらう訳だが、先程の失敗が尾を引いてかなり気まずかった。
しかし、すごく大らかと言うか寛容な遺族で、男性(息子)は、昼寝から起きてきたお爺さんに、「さっきコノ人、爺さんが死んでると思って間違ったんだぞ」と茶化しながら報告。
そして、お爺さんの方は「ああ、そうかい・・」と言って意に介していない様子。
女性(嫁)も声を殺して爆笑しているのが分かった(肩がスゴク揺れていた)。
・・・分かり易く言うと「ちびまる子ちゃん一家」に似た雰囲気の家族で、とにかく、私はそれで救われた!
一方の私はどんな顔をしていいのか分からず、ただただ苦笑いをしながらペコペコするしかなかった。
本来は、主役であるべき故人(お婆さん)の存在が薄らいでしまったが、「生前も粋な家族に囲まれて幸せだっただろうな」と冷汗をかきながら思った。

お爺さんは、冷たくなった妻(お婆さん)の額を弱々しく撫でながら、「あっと言う間だった・・・なぁ、婆さん・・・」と一言つぶやいた。
共に80歳を過ぎた老夫婦。
何度も何度も妻の額を撫でていたその姿と、その言葉が心に残った。




液体人間
2006/7/11




今回の表題を見て、これ以降にどんな文章が続いていくのかは容易に想像できると思う。
食事中の方、そしてこれから食事をしようと思っている方は、一旦このページを閉じて食事を済ませ、一息ついてからあらためて読んだ方がいいかもしれない・・・イヤ、読まない方がいかもしれない(うまい誘い方でしょ?)
読者に避難するチャンスを与えるために、少し行間を空けておこう↓



期待通り?今回は腐敗液のお話。
人間が腐乱していく過程で液状のなることはご存知の通り(残念ながら、知ってしまったね)(6月30日掲載「お菓子な奴」その他参照)。

この腐敗液が放つ悪臭にはモノ凄いパワーがある(6月15日掲載「臭いなぁ」その他参照)。そのパンチは鼻にくるのは当然、それ以上に腹をえぐってくる。
一般の人には「臭い」ということは分かっても、「腐乱死体の臭い」ということは分からないらしい。ま、当然と言えば当然か(笑)。
私は、かすかな臭いでも、ただの悪臭と腐乱死体臭とを区別することができる(自慢にもならないけど)。
たま〜に、街を歩いていると、それと似た臭いが漂ってきて「ん!?」と思うこともあるが(結構怖いでしょ)、仮に自分で腐乱死体でも発見しようものならやっかいなことに巻き込まれる可能性が高いので、それ以上の深追いはしないことにしている。
冷たいかもしれないけど、発見したとしても既に手遅れなのは確実だしね。

腐敗液の原料は大きく分けると脂と血肉の二つに分かれる。
脂は黄色がかったもので、濁ったオリーブオイルみたいな感じ。
時間経過とともに、色が濃くなり粘度が増してくる。
血肉は赤茶色で、チョコレートに少し赤味を加えてみたいな感じ。
時間経過とともに、黒ずんで固くなってくる。
フローリング床等で薄く広がって乾燥した場合は、薄く伸ばした飴のようにパリパリになって剥がれる。
また、それが厚い場合は、コーヒーの出し殻に脂を染み込ませ粘性を足したような感じになって残っている。
余談だが、どうも私は、食べ物に例えるのが好きみたいだ(最近、自覚)。
食は生に直結したものであり、死と対極にあるものだからかもしれない。

故人の死んだ場所で、この腐敗液痕の態様も異なる。

畳やカーペット等、浸透するもの上だと当然染み込む。
深刻なケースだと、畳を通り抜け、床板から梁まで汚染されている。
ここまでいくとリフォームも大掛かりになり、アパート・マンション等の集合住宅の場合は大変なことになる。
大掛かりでも梁で済めばまだ何とかなるが、基礎コンクリート部分まで汚染されていると、もうお手上げ。
さすがに、建築基準法に違反した改装はできないので。

フローリングやビニールクロス等、浸透しないものの上だと当然溜まる。
「オエッ!」ときやすいのはこっちの方。
何故なら、液体になった人間を拭き取らなければならないから。
しかし、拭き取りで済めばまだマシな方。
汲み出し、吸い取りレベルまでいくと、経験を積んでいてもかなりツライものがある。
こういう現場では、脳の思考を停止させ、「この液体は元々人間だった」という現実を完全に消去しないと作業ができない。
強引に自分の感覚をコントロールし、液体を単なるモノとして捉える。
しかし!ちょっとでも油断すると「液体=人体」という事実が頭をよぎる!
すると、たちどころに「オエーッ!!」とくるわけである。

ちなみに、どっちがいいかと言われると難しい(普通はどっちもイヤーッ!)
浸透性のものだと清掃作業は楽な分、ゴミ処分が大変。
不浸透性のものだと清掃作業が大変な分、ゴミ処分は楽。
どっちもどっちだし、「どっちがいい?」なんてバカな質問をし合うのは仲間内だけ。

特に、気温の高い夏は人間が液体になりやすい。
チョコレートやアイスクリームと同じように・・・おっと、また食べ物に例えてしまった。
この季節は、ただでさえ食欲が減退しやすいのに、このブログでもっと食欲を落としてしまったら申し訳ない。


我々の肉体は放っておくと液になり、そして消えていく。
髪と骨と爪と、思い出だけを残して。
そしてまた、思い出も時間とともに消える。
人生は夢幻なり(しんみり)。




最期の晩餐
2006/7/10




ある男性が自殺した。
中年というにはまだ若い年齢。例によって、腐敗した状態で発見。
高級とまではいかないが、新築の賃貸マンションの一室だった。
今は亡きこの部屋の主人は、まだそこへ入居して2〜3ヶ月しか経ってないらしく、部屋の荷物は全体的に少なく、最低限の生活必需品があるだけ。
しかも家具や家電製品はほとんど新品状態で、捨てるのはもったいないくらいだった。

裕福そうな暮らしぶりが想像でき、

「なんで自殺なんかしたんだろう」

と、いつも通り溜息まじりに思った。内心では、その疑問を故人に投げかけながら。
どうしてか、自殺現場に入ると、知らず知らずのうちに溜息がでる。
その溜息には色々な意味が混ざっている・・・悪臭、おぞましい光景、それを片付ける作業、そして自殺という事実。


離婚した元妻との間には子供もおらず、血縁者といえば遠い親戚くらいしかいなかった。
若い時から意味もなく職を転々する癖があったらしく、昔から経済的に裕福な暮らしはしていなかったと言う。その親戚も、少なからずお金を貸したこともあったそう。
しかし、「ここ最近は、頻繁に旅行に行ったりして、結構羽振りがよさそうで、少し不思議に思っていた」とのこと。

私は探偵ではないので、興味本位で話ばかり聞き込んでも仕方がない(悪い癖だ)。
とにかく、清掃作業に入った。
作業をやっているうちに、あることが見えてきた(所詮、想像の域は越えないのだが)。

故人は、自分の人生は自殺で閉じようと、しばらく前から計画していたのではないか。
ポストや部屋には、消費者金融からの請求書・催促状が大量にあった。
その枚数もさることながら、

「よくもここまで借りれたもんだな」

と感心する程の数の金融会社があった。
手当たり次第に金融会社を見つけては、借りられるだけ借りまくったようだ。
そして、金と命が尽きる時期を合わせて、自殺する計画を立てていたのではないかと思われた。
負けてばかりの人生、その最終回で劇的な逆転満塁ホームランを放つつもりだったのかも。
あの世でヒーローインタビューを受けるつもりで、自分で残りの人生を定め、そのお金を使って楽しめるだけ楽しんだのか。
もちろん、何ヶ月か後に死ぬつもりの人間は物を買うなんてことはせず、主に、飲食や旅行(女遊びも?)等に浪費していったのだろう。
本人は、本当に満塁ホームランを打つことができたのだろうか。
また、それでも楽しかったのだろうか・・・自分勝手な想像なのに、考えると暗くなった。


私も若い頃は、「人生は楽しんでなんぼのもん!」「楽しまなきゃ損!」という価値観を持って生きていた。「お金があれば何だってできる」と思っていた。
だから、現実がその逆になると、自分でも6月23日掲載「死体と向き合う」で書いたようなことになるのである。


もちろん、今も色々な楽しみを優先したいし大事にしたい気持ちは強い。
ただ、若い頃と比べると明らかにその質は違う。
第三者には、「負け犬の遠吠え」みたいに聞こえても仕方がないけど、相田みつを氏の言葉を借りて「自分の幸せは自分の心が決める」とでも言っておこうか。


今、私が大切にしたいのは笑顔。
決してプラスティックスマイルなんかじゃない、自然にでてくる自分の笑顔、人の笑顔。
笑顔で生きるって平凡なことかもしれないけど、案外、難しい。
しのごの考えるのは止めて、まずは笑顔・笑顔!
私のくだらないジョークにもグロイ話にも、しかめっ面しないで、笑顔・笑顔!(笑)




How much?
2006/7/9




「死体業っていくらくらい稼げるんだろうか」と興味を持っている人は多いと思う。
ブログ開設当初、読者からの質問にもこの類の質問は少なくなかった。
ほとんどの人が、「結構な額を稼げるんだろう」と思っているのではないだろうか。
その様に勝手に勘違いして、闇雲にこの仕事に応募してくる人が後を絶たない。

応募の第一歩として、まずは履歴書・職務経歴書を郵送してもらうのだが、「高額を稼げる」と早合点しているような人に限って、志望動機欄にきれいなことを書いてくる。
もちろん、何を書こうが応募者の勝手。だけど、歓迎はできない。
必要な資格と言えば、車の運転免許だけ。学歴も職歴も問わない(年齢は問う)。
ただし、独断も偏見も関係なく採否の決定権はこちら側にある。
もちろん、私一人に決定権があるわけではないが、私の採否判断の一員に加わる。
私が判断材料にする第一は顔写真。
前記の通り、学歴でも職歴でも資格でもなく「顔」だ。意外でしょ?

一般的には職を転々としていると企業側の印象はよくないし、学歴の低いより高いに越したことはない。何の資格だって、持ってないよりは持っていた方が有利だ。
しかし、そんなことと人格とは直結しない。
無関係とまでは言えないけど、それらのことは人間の本質に大きく影響するものではないと思っている。
向上心を持って職を転々とし、職を変えるごとにステップアップし人格を磨いているような人もいるはずだし、夢や目的があってあえて大学に行かない人だっているはず。
人生色々、千差万別、十人十色で、一人一人にそれぞれの道があり秘められた個性と力がある。それをキチンと見極めることが大事・・・だから「面構え」なのである(もろ自論だけど)。

履歴書に貼られている写真は小さく、顔を中心に胸元から上くらいしか写ってないのが普通。「一体それだけで何が分かるんだ?」と不信に思われる人もいるはずだが、そこは前記の「独断と偏見も関係なく・・・」という次第。
どこかで撮ったスナップ写真を切り抜いて貼ってくるような人は全くもって論外(即、不採用!)。
スーツにネクタイ姿である必要もないが、襟のない服、つまりTシャツやトレーナー姿もダメ!茶髪・長髪もダメ!ヒゲ面もダメ!口が開いててもダメ!視線を外しててもダメ!
写真映りの良し悪しも運のうちかもしれない。
とにかく、私は写真に写る顔をジーッと見る。とにかく見る!穴が開きそうになるくらいまで見続ける!2〜3日かけても見る!
では、どんな面構えがいいかというと非常に説明しにくい。
「笑顔」でもなく「真剣そうな表情」でもなく「二枚目」でもなく・・・とにかく「面構えである程度の人柄が伝わってくる」としか言い様がない。
抽象的な説明で申し訳ない。

私は「人柄は顔にでる」(顔だけじゃないけど)と思っている。
よく「人を外見だけで判断するな!」と言っている人がいるが、「人は充分に外見で判断できる」と言っても過言ではないのではないだろうか。
もちろん、外見だけで100%その人を知ることは不可能だが、外見がその人柄を映す大きな材料になることも事実である。
更に言うと「外見だけで判断するな!」とイキがっている人ほど、所詮は中身もしれていることが多い。
この差別的?見解を批判的に思われる方は多いかもしれないが、私はそう確信している。

結局のところ、書類選考から面接に進める人は10%にも満たないのが現実。
そして、面接から体験入社(業務見学)に進む人も更に面接者の10%に満たない。
その難関?をパスして仕事に就いても試用期間をクリアできずに脱落する人も少なくない。
結果的に、電話での問い合わせから数えると、実際の正スタッフになるのは1%以下、つまり100人のうちたった一人もいないのではないかと思う(きちんと数えている訳ではないけど)。


「採用・募集の話なんかどうでもいいから、さっさと給料を教えろよ?」
給料については、ご想像にお任せします。ありきたりの答でスイマセン。


なんて言おうもんなら、「ふざけんなよ!」「納得できるかよ!」という不満の声が現場にまで聞こえてきそうだ。
・・・冗談、冗談。
できるだけ正直に本音を吐露していくところも私のブログの長所だと自負しているので、キチンとお応えしよう。

私の給料は、月々の仕事量によって異なり、だいたい40万〜50万円。
手取額で言うと約32万〜約43万円くらいである。
ちなみに、私の昨年の年収は約560万円だった(残念ながら、今年はもう少し減りそう)。
もっと欲しければ、見積額を底上げするか、仕事量を増やすかしかない。
見積額は自力で何とかなるにしても、仕事量は他人(死人?)任せにしかできないので、難しい。
私の年齢と経歴を考えても、どう?仕事の割には想像してたより少ないでしょ。
ホント、自慢したくなるくらい少ない。正真正銘、嘘じゃない。

私だって、お金は大好き!一円だってたくさん欲しい!
でも、何故か給料額に不満はない。決して贅沢できる金額ではないけれど、食べて行けない額でもないしね。欲は無限、金は有限。
与えられた仕事とお金に感謝しながら、ささやかな幸せと楽しみの中で生きていけばいいさ(負け犬の遠吠え?)。

ついでに、特殊清掃事業部の処遇(労働条件)も教えてしまおう。
ボーナスはなし。社会保険は一式完備。
定時の勤務時間は9:00〜17:00。ただし、定時なんてあってないようなもの。
早出、残業は当たり前。夜中の電話や出動もある(夜中の出動は特にキツイよ!)。
年間休日は、所定で97日(これも少ないでしょ?)。実際に休めるのはその半分くらいかな?
仕事の特性で察してもらえると思うが、休日の予定は立てられない。
人が私の都合に合わせて死んでくれるはずもなく、たまたま仕事が空いた時に休むしかない。

ちなみに、現在は、特殊清掃事業部は新規スタッフの募集していない。
こんな労働条件を知ってしまったら、求人募集しても応募はないかもね(笑)。
でも、労働条件が低い割には、スタッフの出入りは極めて少ない。


どう?やっぱ、なかなかいい仕事でしょ(笑)。
刺激タップリで死生観を磨けるよ!




そこのけ、そこのけ、死体が通る
2006/7/8




死体業には色んな仕事がある。

私は、一応、特掃隊の一員として死体と格闘する日々だが、時にはそれ以外の仕事にも出る。遺品回収・遺体処置・遺体搬送などなど。

その遺体搬送業務のことを「死体とドライブ」と表現したことがあった。
それを聞いて(見て)、もしも、死体を自家用車の助手席にでも乗せて、気ままにドライブしていると想像された方がいるとしたら、かなり可笑しい。
そんなことしたら、さすがにヤバイでしょ(笑)。


でも、業界外の人が想像できないにも当然と言えば当然か。
遺体搬送には遺体搬送用の専用車両がちゃんとある(霊柩車とは違う)。
車体は1Boxタイプがほとんどだが、まれにステーションワゴンタイプもある。
車内後部が荷台になっており、ストレッチャーという折りたたみ式の車輪付担架を搭載している。

分かり易く言うと、救急車をものすごくシンプルにしたような車だと思ってもらえればいい。
病院から自宅、自宅から葬式場など、遺体を積む場所と降ろす場所は人によって様々である。もちろん、夜中の出動もある。


病院は、亡くなった患者を長くベッドに寝かせておくことを好まない。
他の患者への配慮もあるのだろうが、空ベッドをつくると経営効率も落ちる。
一日でも早く新しいお客さん・・・いや、患者さんに入院してもらえるようにしたいのである。

病院にとっては、なるべく空ベッドをつくらないようにして、入退院の回転率を上げることが重要なのだ。
したがって、昼間でも夜中でも関係なく、患者が亡くなると直ちに遺体の搬出要請が入る。それが、夜中になった場合は、まさに夜中に「死体とドライブ」となる訳である。


ちなみに、看護婦にも感じのよい人とそうでない人がいる。
良心的な看護婦は快く遺体の移動を一緒にやってくれるのだが、そうでない看護婦は遺体への嫌悪感丸出しで、ものすごく感じが悪い
こんなのは、ごく一部の看護婦さんだと思うが(願いも込めて)。
そういう人に遺体をベッドから担架に移動させる作業を一緒にやらせようものなら、私への文句も一言では済まない。

それでも、しかめっ面の看護婦にペコペコしなくてはならないのにはストレスがかかる。
そんな時は「白衣の天使」も「悪意のテン師」に見える。


外の暗闇や死体と二人きりになっていることよりも、睡魔の方が怖い。
眠いときは本当に眠くなる!夜中に死体と一緒に事故死でもしたら洒落にもならないし、死体にとっては二回死ぬようなもので、あの世に行ってから殴られるかも(笑)。


遺体搬送業務だけとっても色々な思い出と経験を積んできた。
例えば、病院から自宅へ搬送する場合、そこが古いマンションや団地の場合は旧式エレベーターが多く、ストレッチャーが入らないところが多い。

その場合は、担架などは使えず、遺体を抱えるしかない。
浴衣を着て冷たく硬直した遺体を強引に立たせた状態でハグしてエレベーターに乗るのである。

浴衣姿で蒼白い顔、不自然にグッタリしている人を抱えてエレベーターに乗っている男を想像してみてほしい。なんとも不気味だろう。
ここで笑っちゃいけないよ。やってる私は「落としでもしたら大変!」と冷汗もので真剣に抱えているのだから。

しかし、他の住民はそんなのが乗っていると知らずにエレベーターを止める。
ドアが開いた時にみせる住民達の反応はとても面白い。
驚く人、悲鳴をあげる人、目が点になって呆然と見ている人など反応は様々。
一番可笑しいのは、死体だと気づかないで一緒に乗ってきて、死体だと気づいた途端に逃げようとする人(動いているエレベーターで逃げられる訳もないのに)。
そんな人は、当初の目的階なんか放っておいて、必死で次の階のボタンを連打する。
そして、ドアをこじ開けるようにして、そそくさと小走りに去って行く。
その様がなんとも可笑しいのである。


だいたい遺族は先に自宅階に上がって待っているので、私が遭遇した途中階での出来事は知らない。
遺体を抱いたたまま明るい笑顔でエレベーターから出てくる私をみて、だいたいの遺族が

「コイツ、普通じゃないな」

という表情を浮かべる(笑)。
同時に、何とも滑稽な私の姿を見て、思わず吹き出してしまう遺族や笑顔(内心では爆笑しているのかも)になる遺族もいたりして、結構、和やかな雰囲気になることも少なくない。
ちなみに、私の笑顔に「不謹慎だ!」等とクレームがついたことはない。


本件以外にも、死体を背負ったこと、抱かかえたことは数知れず。
変かもしれないが、小さく軽くなった老人を背負う時などは、何とも言えないない温かい気持ちにもなる。

「おじいちゃん(おばあちゃん)、お疲れ様でしたね・・・」

と心の中で呟く。
やはり、「死体が気持ち悪い」という感情よりも、「落とさないように」という緊張感の方が強くて、不気味とか怖いなんて気持ちは全然ない。


ちょっと脱線。
「死体をハグする」で思い出したが、6月21日掲載「ハグ」に登場した不動産屋の担当者は勤務する会社は退職したものの、今でも不動産会社で頑張っている。
さすがに、あの時からしばらくは暗い日々を送ったようだが、今は、飲み会や合コンなどでそのネタを出すと、すぐさまその場の主役になれて、まんざらでもないらしい。

しかも、あちこち同じネタで何度も話しているものだから、話し方や状況の描写もうまくなり、話を聞く皆に抜群にウケるらしい。まるで、落語家のよう。
すごい災難に遭遇してしまった彼だったが、それによって少しはいいことがあるみたいで、まぁよかった。


遺体を運ぶのに老若男女や身体状態を選ぶことはできないけど、どうせ運ぶなら安らかな顔の老人がいい。
そして、笑顔で仕事をしても遺族の心象を害さないくらいの器を持った人間になりたいものである。




ビジネスマンと主婦
2006/7/7




中年ビジネスマンが急死した。
勤務先の会社で突然倒れ、救急車で運ばれたものの、そのまま逝ってしまった。
私が出向いたときは、故人は既に自宅の一室の布団に横たわっていた。
検死をしたせいだろう、身体にはサイズの合わない浴衣が適当に着せられていた。
妻はあまりに突然のことで、6月27日掲載「明日があるさ」で書いた母親に似たような状態だった。
余程の猛烈ビジネスマンだったのか、故人にビジネススーツを着せてやってほしいと頼まれた。

捻くれた見方をすると、一人のビジネスマンは、会社を支える歯車の一つ、単なる機械の部品・消耗品と言えるかもしれない。
それでも、その中で一人一人のビジネスマンがそれぞれの夢と目標を持ち、仕事にやりがいを見出している。家族を守り家族の笑顔を支えに頑張っている人も少なくないのではないだろうか。
肌の合わない上司や同僚を前に自分を押し殺し、使えない部下の機嫌をとり、嫌な取引先にもペコペコと頭を下げる。
朝夕の満員電車も、少ない小遣いも黙って我慢。
金曜の夜に安酒をあおれば、ついつい愚痴っぽいことばかりが口をついて出てくる。
それでも、自分のため、家族のために働き続ける。

遺体にスーツを着せるのは容易ではない。死後硬直や浮腫みが作業の障害になる。
それでも何とかスーツを着せ、ネクタイをビシッと締めた。

「お父さんらしくなった・・・」

と妻は少し嬉しそうだった。
ヒゲが気になったので、故人が生前愛用していた電気剃刀でヒゲを剃った。

「昨日の朝は、いつも通り自分でヒゲを剃って、いつも通り会社に行ったんですよ」

と言う妻の言葉が印象的だった。
何の変わりばえもない日常、いつも通りに会社に行った夫が遺体となって帰宅したわけで・・・数日後には、妻に大きな喪失感が襲ったことだろう。
(参考までに・・・法医学によると、人が死ねばヒゲも伸びなくなるとのこと。死後も伸びたようみ見えるのは、肌が乾燥収縮するのに対してヒゲだけが残るだけだかららしい。)


中年主婦がトイレで急死した。
夫を会社に、子供達を学校に送り出した後、トイレで倒れて人知れず息を引き取ったらしい。
夕刻に帰宅した家族が発見したときは、既に手遅れ。
トイレ掃除でもしようとしていたのかどうかは分からないが、便器を抱き抱えるような格好で亡くなり、そのまま冷たく硬直していた。
夫から、

「身体を横に伸ばして休ませてやりたい」

と頼まれた。


私の勝手な想像だが・・・
この主婦も、変わらない日常を過ごしていたものと思う。
夫が外で働く間、家事や育児を懸命にこなしていたことだろう。
専業主婦にも外で働くビジネスマンと同等の大変さがある。

近所付き合いや子供のPTAの人間関係に神経を使い、時には家事労働に疲れを覚えながらも、外で働く夫を陰で支え、夫の健康と子供の健やかな成長を自分の幸せと重ねて生きてきた。
家族愛、家族の笑顔を何よりも大切にしてきたかもしれない。


故人の身体は、時間をかけて少しづつ硬直を解きながら伸ばした。そして、布団へ安置。

「布団に寝かせてやれてよかった・・・」

と夫は少し安堵したようだった。

「昨日の朝は、いつもと変わらず玄関で見送ってくれたのに、それが最期の姿だったのか・・・」

と言う夫の言葉が印象的だった。
夫も、明らかに妻の死を受け入れられていないように見えた。
いつも通り会社から帰宅したら、妻は亡くなっていた訳で・・・やはり、この夫にも、数日後には大きな喪失感が襲ったに違いない。


哲学者パスカルの有名な言葉に「メメントモリ(死を思え)(死を忘れるな)」という言葉がある。
私も、自分の死を考えることは有意義なことだと思う。
誰にも一度くらいは考えてみて欲しいと思う。

しかし、時間(人生)の有限性を理解し意識して生きることは、多くの人にはプラスに働いたとしても、それが全ての人に当てはまるとは限らない。
ある人によっては虚無感が増したり、またある人によっては短絡的思考を増長させる等、マイナスに働いてしまう側面もある。


それは、私自身にも言えること。
常に死を意識せざるを得ない仕事をしていると、毎日のように自分の死を考える。
その上で、「今を大切に生きる」ことがプレッシャーになることが多い。
知らない方がいいことを知ってしまい、考えない方がいいことを考えてしまう。
難しいことを考えていくと脱出不能の迷路にハマってしまうので、ある時点で余計な事を考えるのをやめることも「今を大切に生きる」ことに必要な大切なテクニックかもしれない。


ビジネスマンと主婦。
上記は、もちろん一組の夫婦の話ではないが、ごくごくありふれた組み合わせだと思う。そして、今回の記事が、夫をお持ちの方、妻をお持ちの方それぞれにプラスに働くと幸いである。


今日は、七夕かぁ。
短冊に願いことを書くとしたら、何と書こう・・・商売繁盛を願うとバチが当たりそうだしなぁ・・・。
例年通り東京の夜は曇雨みたいだから、今夜は三途の川は見えないんだろうな。

・・・もとい、「三途の川」じゃなくて「天の川」だった(わざとらしいオチで申し訳ない)。




敵は強者
2006/7/6




特殊清掃の仕事を遂行する上で立ちはだかる壁としての代表格は、悪臭・腐敗液、そしてウジ・ハエ。常連の読者に今更言うまでもないことだろう。
悪臭は忍耐力と薬剤を駆使して、なんとか押さえ込む。
腐敗液は、脳の思考を停止させて、なんとかきれいにする。
生きたハエは外へ追い出し、死んだハエは塵として処分する(死んだウジも同様)。


問題は生きたウジ!
彼等は一体どこからどうやって発生してくるのか不思議で仕方がない。
一見、密室に見えるような部屋でも、遺体にはウジが湧く。特に、腐乱死体にはほぼ100%の確立でウジがついている。
彼等はどこからやって来て、どうやって死体に湧いてくるのか・・・。
そして、その生命力と繁殖力には凄まじいものがある。

「敵ながら、アッパレ!」だ。


ウジに関する思い出は尽きないくらいあるが、その中でも強烈だった一事例を紹介する。
まだ、「腐乱」とまではいかず、腐敗が始まった程度の遺体。
腹部は黒緑色に変色してきており、明らかに腐敗の進行が見てとれた。
もちろん、異臭もあり。

死後処置では、口・鼻・耳などに綿を詰めて体液漏れを防ぐ処置を施すのだが、口の中に大量のウジを発見。腐敗初期の遺体なので、ウジの大きさもかなり小さい。
口の中に無数のウジが這い回っているだけでも、結構な気持ち悪さがある。
「口の中に大量のウジがいる」ということは、「鼻にもいる」ということ。
鼻の穴を覗いてみると、案の定、彼等はいた!しかも、無数。
念の為、耳も見てみると、残念ながらそこにも居た。
ここまではよくあるケース。

更によく見ると、目蓋の隙間にも小さなウジが見え隠れしている。
「ひょっとして、眼球にも?」と驚きながら、目蓋を開けてみた。
そこには、眼球を覆い尽くす程のウジが集っており、さすがに背筋の悪寒が走った。
さすがに、「ギョエ〜ッ!!」って感じ。
遺体の目の次は、こっちの視覚もやられてしまった!
可能な方は想像してみてほしい。目の玉がウジで覆われている状況を(寒)。
それらを一匹づつピンセットで摘みだしていく作業は手が震えるくらいに精度の高いテクニックが必要。なにせ、遺体腐敗がその段階のウジはとにかく一匹一匹が小さいもので、摘みにくい上に気が遠くなるほどの数がいる。
しかも、遺体の眼球を傷つける訳にはいかないし。
しかし、あまりモタモタやっていると、身の危険を察知したウジ達は肉を通して眼球の裏側へ逃げて行く。
全く、恐るべし!


そんな嫌われ者のウジだって、世の中にとって何かしらの存在意義があるのだろうと思う。
私と同じように(苦笑)。
かつては、

「世の中にウジが居なくなったら、どうなるのだろう」

と真剣に考えたこともあった。ホント、どうなるんだろう。
社会的評価は低いけど、彼等は彼等なりに社会貢献している部分もあるはず。これも私と同じように(苦笑)

普段は敵対関係にありながらも、似たような境遇にあるウジと私。
しかも、頻繁にお目にかかるので、敵ながらも妙な親近感が湧いてくる。
喧嘩友達とでも言えるだろうか。
新たな現場に行って、

「アレ?ここはあまりいないなぁ」

と肩透かしを食らいながら、汚染された床のカーペットを捲り上げると、期待通りに?ウジ達がビッシリ所狭しとウヨウヨしている。
それを見た私は「よ〜し、いるいる!」(興奮)ってな感じで、

「今日も正々堂々と闘ってやるぞ!」

と一気に戦闘モードへシフトチェンジ!・・・やっぱ、感覚がおかしくなってんな、私は(笑)。


以前にも書いたが、市販の殺虫剤(ウジ殺し)はあまり効かない。
腐敗液に汚染された床を覆い這いまわるウジに大量のウジ殺しをかけても、彼等は気持ちよさそうに?その中を泳ぐ(実際は苦しくてもがいているのかもしれないけど)。

その様はまさに・・・
まず、フライパンに炊いたご飯を入れ、そこにご飯がヒタヒタになるくらいの牛乳を入れる。隠し味に醤油を適量加えて、想像力を膨らませながら見ると・・・恒例の?食べ物シリーズ第二弾で、美味しいドリアのレシピを教示しようと思ったけど、記事の流れから私が何を考えているか先読みされたと思うので、この先はやめておこう。


私も男だ。抵抗できないことをいいことに生きたウジを踏み殺すような卑怯な手は使わない(実際は、気持ち悪くて踏めないだけ?)。
直接触って片付けるのが正攻法。気合を入れて摘んで集めて、ポイッと始末。


対ウジ戦は苦戦することもあれば、楽勝の時もある。
今のところは連戦連勝。
しかし、残念ながら最終的にこの戦いを制するのはウジの方と決まっている。
何故なら、この私にもいつかはハエが集りウジが湧く日が必ずやってくるからである。
当然、読んでる貴方も他人事では済まされないよ。


誰にも、いつかは必ずウジが湧く日が来るのだから。




Go to heaven
2006/7/5




誰も死も、どのような死も、ある人にとっては辛く悲しいもので、ある人にとってはそうとは限らないものでもある。
大方の人はそうであろうと思うが、私にとって若者や子供の死は特に重い!

ちょっと注意。
「老人や中高齢者は、若者や子供と比べると命が軽い」とか「価値がない」と思っている訳ではないので、その辺はくれぐれも誤解のないように。

さすがに、経験豊富?な私でも、子供の腐乱死体にはお目にかかったことはない。
当然、お目にかかりたくもない!!

ただ、そうではない遺体には何度も遭ってきた。
当然のことながら、子供用の布団は大人のものに比べて小さい。
身体が直接見えなくても、小さな布団を見ただけで、気持ちにズシリ!とくるものがある。
そして、掛布団をめくると、小さな子供が眠るように目を閉じている。
死因は、病死・事故死・突然死など色々。
顔色が蒼白の子もいれば、唇が紫色になっているような子もいる。
科学的根拠はないのだろうが、老人の遺体に比べると、子供の遺体は顔色が悪いことが多いような気がする。

そして、その親の嘆き悲しみ様は、とても言葉(文字)では表しきれない。
私にとって、初めての子供遺体は小学校中学年の男児だった。
もらい泣きはしなかったものの、とても複雑な心境になったのを今でもよく覚えている。


片手で持ち上がるくらいの小さな子もいた。

痩せ細って苦悶の表情を浮かべている子もいた。

痛々しいくらいの注射痕・点滴痕がある子もいた。

手術の傷が治りきっていない子もいた。

事故に遭い、身体の損傷が激しい子もいた。

将来の夢を書いている子もいた。

親が我が子の額と自分の額をくっつけて、いつまでも、いつまでも別れを惜しんでいる姿もあった。

幼い弟妹から、「○○ちゃん(兄姉の名前)はどこへ行ったの?」と問われ、返す言葉に詰まったこともあった。

親と一緒に泣いてしまい、仕事にならなかったこともあった。



「人生は細く長い方が良い」とか「人生は太く短い方が良い」とか言うことがある。
この類は、誰しも一度くらいは考えたことがあるのではないだろうか。
人間には生存本能がある。私は思う。人生は太く長い方がいい。

しかし、現実には、長くない人生を送って逝った子供達がたくさんいる。
そしてまた、今日もどこかで人生を終える子供がいる。

私にとって、子供の死に直面するひと時は、生きているのことの夢幻性を強く感じる瞬間でもある。
そして、人間一人一人が生き、生かされていることに、何か意味があるように感じる時でもある。

人生と格闘しているのは、我々大人だけではない。
子供達も、日々、目に見えない色々な敵と闘っている。
そして、死ぬことは敗北ではない。

偽善的かもしれない・・・
でも祈る・・・
天国に行ってくれ・・・。




金魚すくい
2006/7/4




腐乱現場でやる仕事は色々ある。
除菌消臭から家一軒丸ごとの解体処分まで、依頼される内容な多様である。
その中でも最も多いのが、家財道具・生活用品の全て一式を撤去し除菌消臭する作業。
ついでに内装工事まで依頼されることも多い。撤去する中身の主役は、もちろん腐乱死体に汚染されたモノである。


今回も、その様な依頼だった。
独り暮らしの故人は普段から病気がちで、一人で家にこもっていることが多かったという。

フローロングのリビングで倒れ、そのまま腐ってしまっていた。
汚染家財をはじめ、部屋にあるものは全て回収撤去した。作業中は作業に集中して、黙々とやることが多い。ほとんどの物を撤収してから、ふと気がついた。
リビングには水槽が3つあり、中には色違いの金魚が数匹づつ泳いでいる。

何日も前から(故人が死んでから)、餌も与えられてなかっただろうし、電気が止められたため酸素を送る機械も停止していたはず。
なのに、一匹も死なずに、全員(全匹?)生きていたのである。ちょっと驚いた。


勝手に想像すると、独り暮らしで病弱な故人にとっては、犬猫を飼うのは負担が多き過ぎる。金魚だったら、肉体的負担もないし、水槽はインテリア的にもお洒落だし、水の中を泳ぐ魚を見ると気分が癒されたのではないかと思う。


しかし、この金魚達。
自分達を可愛がってくれていた人が目前で倒れ死に、腐っていく様子が水槽の中から見えていただろうか(位置関係で言うと見えていたはず)。
仮に、金魚にも感情・思考力があると仮想してみようか。
彼らは飼主が死んで腐っていく様を見ていた訳である。しかも、腐乱していく様子が目の前で見えてしまっていては辛い!
自分達を愛してくれた人を失って、悲しくて寂しかったことだろう。

しかし、彼らは、飼主の死を悲嘆しているばかりもいられない。
何故なら、餌を与えてくれる人もいなくなり、おまけに酸素供給機もストップ!「死」は他人事ではなく、自分達もその直前の状況に置かれてしまったからである。

「この状態で、自分達はいつまで生きられるのだろうか・・・」

と不安はつのるばかり。しかし、一向に誰かが来る様子もない。
どこから現れたのか、倒れたままの飼主にはウジがたかり始め、こともあろうに飼主の身体を食べ始めてしまった。
飼主にたかったウジ達は丸々と肥えてハエになっていく。愛する飼主が餌にされて(悲)。

その間、飼主の身体はバンバンに膨らんだかと思うと、今度は液体を流しながら溶けだした。
ハエがまたウジを産み、ウジがまたハエになり、みるみるうちに増殖していく。
一方の自分達は、だんだんと息苦しくなり、空腹感も襲ってきはじめた。
極限状態に置かれた金魚は、何のなす術もなく、ただただ助けが来るのを待つしかなかった。助けが来るのが先か、自分達が死ぬのが先か・・・ノイローゼ寸前。


何日もして、やっと誰かが来た。
ずかずかと入り込んで、なにやら騒いでいる。そのうち、飼主の身体は運び去られていき、腐敗痕だけが残された。

「やっと助けが来た!これで助かる!」

と喜んだのもつかの間、誰も、自分達に気づいてくれないまま、いや、気づいても気づかないフリをしたまま居なくなってしまったのである。

その後、何度かは騒々しく人の出入りがあったが、結局、誰も自分達のことを気に掛けてくれる人はいなく、人間という生き物は冷酷だということが初めて分かった金魚達であった。
飼主があまりに優しく愛情深かったため、金魚達は、全ての人間は愛情深く優しいものだと大きな誤解をしていたのである。
人間が冷たい生き物であることを知ってしまった金魚達は、もう生きる望みを失った。
あとは、酸欠死か餓死かの違いがあるだけで、黙って死を待つしかない金魚達。


そこに現れたのが、彼等の救世主?特掃隊長!(自分で書いてて恥ずかしい)

私は、最後に残った水槽を覗いてみて、金魚が生きていること驚きながら困惑した。
ゴミとして捨てる訳にもいかないし、そのまま置いていくと依頼者との約束を破ることになる。

三つの水槽はそれなりの大きさで、それなりの器具がついている。
とても、そのまま運んで行けるようなものでもなく、思案した。
当然、結論は「救う」しかない。それよりも、「どうやって救うか」が要だった。
とりあえず、金魚達を多少の水と一緒にビニール袋に入れて、それを運転席に乗せて車を走らせた。ここまできて、酸欠とかで死なせたらもともこいうもない。とにかく、急いで走った。

目的地は、とある公園の池。人目を避けるように、金魚達を池に放してやった。
この私の行為は、自己満足に値するものだったが、公共の池に勝手に魚を放すことは犯罪行為になるんだろうか?どちらにしろ、その時は調べているヒマはなかったけど。


縁日の露店によくある「金魚すくい」。
私は、子供の頃からド下手なもんで、いつの頃からかチャレンジさえもしなくなった。
でも、今回の金魚救いは上手にできた。



善い行いをすると気持ちがいいもんだ。
晩酌もいつもより美味く、ツマミの刺身もうまかった!




2006/7/3




人は必ず誰かの子であり、親がいる。

また、とある腐乱現場。亡くなったのは独居の中年男性。死後、かなりの時間が経過しているようだった。例によって、遺体は警察が持って言った後で、腐乱痕と異臭が残されていた。
もちろん、私とは旧来の喧嘩友達であるハエ君とウジちゃん達もたくさん集まっていてくれた(笑)。


遺族は、故人の両親と故人の姉妹らしき二人の4名。見積時も作業時も4人とも現場に来た。両親はもうかなりの年配で

「おじいさん、おばあさん」

という感じ。
姉妹達(中年女性)は見積時も作業時も玄関から中に入ることはなく、ハンカチでずっと鼻口を押さえ、嫌悪感丸出しの表情で、私の作業を遠めに眺めていた。

それは、どう見ても、

「最初から来たくなかった!」

という感じ。
明らかに、現場に居たくないという雰囲気をひしひしと感じ、気のせいか、やり場のない不満を私に向けているような威圧感を感じた。
そんな雰囲気じゃ、こっちこそいい気分がしないので、

「そんなに居たくないなら、立ち会ってもらう必要はないんだけどなぁ」

と思いながら、その一家の会話を聞いていると、両親(特に父親)が強制的に姉妹達も現場に来させたみたいな様子が見受けられた。
父親(おじいさん)からは、

「兄弟の死の実態を、身内としてシッカリ見て置け!現実から逃げるな!後始末は我家の責任なんだ!」

と言わんばかりのガンコ親父的な雰囲気を感じた。



当人の父親と母親は、私の作業の邪魔にならないように、部屋の中に入って私の作業をずっと見ていた。臭いし、ホコリっぽいし、何より不衛生なので、

「外で待っていてもいいですよ」

と声を掛けたが、

「大丈夫ですから」

と言って外に出ようとしない。
何事においても浅はかな考えが第一にくる私は、

「貴重品がでてくるかもしれないから、チェックのために居るのかなぁ」

と疑心暗鬼になりながら黙々と作業を進めた。


すると、いつも間にか父親は、目を閉じ合掌してなにやら経文のようなものを唱え始めた。
てっきり

「亡くなった息子の冥福を祈ってるんだろう」

と思った。
しかし、違った。
父親は、明らかに私に向かって拝んでいたのである。作業であちこちと動いているうちに、父親が常に私の居る方へ向きを変えながら合掌・読経し続けていることに途中で気が付いたのである。
一体、何故?
ひとしきりの読経が終わると、父親は

「この作業にこんな若い人が来るとは思っていなかった。貴方が何故この仕事をしているかは分からないが、社会から嫌な思い受けることも少なくないでしょう。」

と私に言い、傍の妻には、私のことを指して

「死んで極楽に行けるのは、この人のような人間なんだよ。」

と言った。


妻は

「・・・そんなこと言ったら失礼よ!」

と返した後、私に

「縁起でもないことを言ってスイマセン・・・。」

と謝罪。


それでも父親は、その類の話をやめず、私への労い・感謝の気持ちと、親としての無責任さを恥じるような話を続けた。
ストレートな言葉から、その謙虚で誠実な人柄と責任感の強さがちゃんと私に伝わった。


この両親は、自分の子供がこんなこと(腐乱死体)になって色々な人に迷惑を掛けてしまっていることを重く受け止め、親として、なすべき責任を少しでもまっとうしようとしているのだった。だからこそ、悪臭漂うおぞましい現場に一緒に入っていたのである。
これには、逆に私の方が敬服。

息子を亡くした悲しみを抑えて、親として責任をとることを第一に考えるとは・・・こんな責任感の強い人にはなかなか出会えないものである。
片や、姉妹達は相変わらず嫌悪感丸出しで、玄関外で仏頂面(そのギャップに笑)。

惨めな気持ちになりやすいこの仕事に、強力なカンフル剤を打たれたようで、ありがたかった!嬉しかった!

ただし、人から拝まれるなんてめっそうもない!さすがに、それには恐縮しまくった!
ただの仕事として割り切るところは割り切って、時にはふざけた邪心を持ちながらやっている愚か者の私をそこまで高評してくれるなんて。

しつこく書いているように、一般には嫌悪されるこの仕事・・・父親の言葉に涙が零れ落ちて上を向けない私だった。
床の腐敗液を拭きながらうつむいたままの私に、

「どうしました?大丈夫ですか?」

と母親が声を掛けてくれた。
父親の言葉が心に沁みて泣けていたんだけど、

「ちょっと薬剤が目に染みちゃいまして・・・」

とごまかす私だった。



「親」と言えば・・・
6月6日掲載の「金がない」で保留になっていたその後の結末を追記しておこう。
代金は、故人の父親が約束通り支払ってくれた。そして、後日、丁寧な礼状と贈答品が送られてきた。

自分のケツを他人に拭かせるような親が目に付く昨今、まだまだちゃんとした親も多く居ることを気づかされ、少しホッとした。
同時に、

「結果オーライ」

と言ってしまえばそれまでだが、この仕事は代金未収のリスクを背負ってでも施行した判断は正しかった(良かった)と思った。



いくつになっても親は親、子は子。
親のある人、子を持つ人。親には孝行し、子には愛情をタップリと注ごう。




別れの時
2006/7/1




私は、もともと

「熱しにくく冷めやすい」

性格の持ち主だった。



乾いたクールさを格好いいと思っていた(勘違いしていた?)年頃でもあったのだろうか。
それが歳を重ねるごとに変化している。
妙に、

「情に脆くなった」

というか、

「涙もろくなってきた」

というか・・・。


そんな私であったから、若い頃は極めてクールにこの仕事をこなしてきた。割り切る所は割り切って(仕事でやっている以上は、今でもそういう時はあるが)。
そういう具合だから、20代の頃は、現場で涙を流すようなこともほとんどなかった。
しかし、そんな私でも、感極まった覚えが何度かある。



そのうちの一件。それは遺体処置の仕事だった。
亡くなったのは、当時の私と同年代の男性。業務上の事故死だった。

「事故死」

と言っても、特に目立った外傷はなく、まるで眠っているかのように健康的に見える故人だった。


彼は、まだ新婚ホヤホヤだった。
つい、何日か前に結婚式を挙げたばかりだったとのこと。
幸せな人生の節目を迎えたばかりの二人に、突然、悲しい別れが襲ったのである。



結婚式を挙げた数日後に葬式を出す事になった両家。
新妻はもちろん、それぞれの両親が集い、親達は遺体を取り囲んで号泣している。

「号泣」

とは、まさにこういう状態のことを指すのだろう。
ただ一人、新妻だけが放心状態、涙も枯れてしまったという感じで呆然としていた。


そんな過酷な雰囲気の中にいても、私は何とか職責をまっとうすべく冷静さを保っていた。
もちろん

「気の毒だなぁ」

とは思っていたけど、余計な感情移入や同情心は、逆に故人や遺族に失礼だという考えを持っていたのである(それは今でも変わらない)。



ちょっと脱線。
遺族に合わせて、わざとらしいくらいの悲しそうな表情をつくる偽善的演技には大きな抵抗がある。私は、どんな遺族に対しても柔和な自然体が一番いいと思っている。

もちろん、礼儀は重々わきまえなければならないし、誠実な気持ちで臨まなければならない仕事であることは充分に承知済み!

しかしながら、冷酷に思われるかもしれないが、仕事で接する遺体は、所詮、私にとっては赤の他人。気の毒に思ったり、一人一人の死を厳粛に受け止めたりすることはあっても、悲しさを覚えることはほとんどないのが正直なところ。

分かり易く例えると、知らないオジさんが死ぬとの、自分の父親が死ぬのとでは、感情・気持ちがまったく違うのと同じ。
それと同じ様なことが、死体業にも当てはまるのである。



話を戻す。
泣き叫び続ける遺族の動きに注意し、タイミングを見計らって死後処置を施した。
そして、柩に納棺。遺族がそんな状態だったものだから、いつもより余計に時間がかかり、神経も使った。
最後に柩の蓋を閉めようとした時、新妻が申し訳なさそうに私を静止した。
そして、

「結婚式場に着て行ったスーツだよ。天国に着て行ってね。」

と小さな声で呟きながら、遺体にスーツをかけ、その頬に最期の口づけをしたのである。

その時、私の目から涙がこぼれた。クールさを保っていたはずなのに・・・理由は自分でも分からない。とにかく、スーッと涙が流れ出てしまったのである。

・・・一体、何故、この新妻がこんなめに遭わなくてはならないのか。何故、この男性は死ななくてはならなかったのか・・・。
人生とは、皮肉な一面も持っている。そんな時は、善悪の感覚さえも麻痺してくる。
同情を超えた悲壮感と、憤り近い矛盾への不満感が私の中に湧き上がってきたのである。

私は泣いたのではない。とにかく、勝手に?涙が流れたのである。
今でも、ハッキリとしたその理由は分からない。その時涙が流れた本当の理由を知りたければ、まだまだ鍛錬を積むしかないのかも。


あと、これは私がやった仕事ではなく、ずっと以前に同僚(女性)がやった仕事なのだが、これも究極的な話なので追記しておく。
ある妊婦が、出産を終えて直ぐに亡くなった。生まれたばかりの赤ちゃんも一緒に。

母親は赤ちゃんを胸に抱き、赤ちゃんは母親の腕に抱かれるようにした状態で二人を柩に納めたとのこと。
二人の死の原因は、知ることはできなかった(知る必要もない)が、その話を聞いて気分が暗闇に落ちた。

「なんで?なんでだ?なんでなんだ?・・・」

と、前記の新婚カップルの時と同じような気分になった。
夫の気持ちを考えると・・・言葉に詰まる。
ただ唯一、二人を別々ではなく一つの柩に納めることができたことが、わずかな救いだった。



今回は、悲しくも現実である二つの別れを紹介した。
これを読んで、思う事や感じる事、受け取り方は人それぞれ異なると思う。それでいい。
だた、私は、それぞれ残された妻と夫が、先に逝った愛すべき人を想いながら、今は元気に立ち直って明るく生きていることを願うばかりである。



そして、私は、今日も誰かの別れの時に携わるのである。




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