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輝ける日々T 〜共に歩く〜
死は老若男女、全ての人に訪れる。
その人生はもちろん、寿命や死に様は人それぞれ。
しかし、死そのものは誰にも公平なものだ。

日本人の平均寿命が物語る通り、亡くなる人の大半は高齢者だ。
遺体処置業務の仕事が入ると、まずは故人の年齢が気になる。
変な言い方だが、高齢だと安堵に似た感情を覚える。
それが長寿であればあるほど、変なプレッシャーはなくなる。
「仕事だ」とドライに割り切っていても、やはり故人は長寿の人がいい。

念のために断っておくが、「老人なら死んでもいい」「老人から先に死ぬべき」等と思っている訳ではないので、くれぐれも誤解のないように!

故人の年齢が若ければ若いほど妙なプレッシャーが増す。
無用に気構えてしまうのだ。
ましてや子供となると、イヤな力み方をする。
その理由を記すと長くなりそうなので、これはまた別の機会にしよう。

老人の死が多いということは、仕事上で老夫婦の別れに立ち会うことも多いということ。
どんな別れにもそれぞれの悲哀があるが、老夫婦の別れには独特のドラマがある。

人の一生において、最も長く共にいる人は誰だろうか。
親?子?兄弟姉妹?・・・親も子も兄弟姉妹も、共にいるのはだいたい20年程度だろう。
精神的・肉体的・経済的・社会的に一人前になれば、それぞれがそれぞれのかたちで離れていくもの。

そんな中で長く共にいるのは、やはり夫婦だろう。
親と死別しても子が独立していっても、夫・妻だけはそのまま残る。
(もちろん、結婚しない人や離婚・死別等で早くに夫・妻と別れた人もいるはずだが、ここでは一般多数の状況にもとづく。)

この高齢化社会では、半世紀も一緒にいたような老夫婦も珍しくない。
そんな夫婦が死に別れる様は、親子や兄弟姉妹の死別とは異なる重みがある。
血肉を分けた間柄でもないし、出逢うまではアカの他人だった男女が夫婦になると血よりも濃い絆をもって人生を共に歩く。
「貴方と一緒で楽しい人生だった」
「ありがとう」
先に逝った故人に、そんな言葉をかける配偶者は多い。
そして、淋しそうに涙を流す。

気持ちが熱くなりやすかった(純粋だった?)若い頃は、そんな様を見て仕事を忘れそうになるくらいにのめり込むこともあった。
歳を重ねた今も、受ける重さは変わらない
が、・・・ここからは、表現が難しい。

この歳になると、老夫婦の死に別れに単なる寂しさや悲しみだけではなく、それらを超越した光のようなものを感じるようになっている。
光・・・再会の希望?夫婦が一つのものになった喜び?・・・自分の感覚・感情が文字でうまく表現できない。
強引にまとめると、老夫婦の死別の様は、時間がとまって輝いているように見えるのだ。
(↑何が言いたいのか分かんないよね?)

随分前、ある末期癌患者が、余命宣告を受けた際の心情を綴った手記を読んだことがある。
それによると、「病院から外に出ると、いつもの景色が、目に入る全てのものが輝いて見えた」とあった。
私なりの想像の域は越えないのだが、何となくその気持ちは分かるような気がする。
当たり前の景色・ありきたりの風景が、自分の時間が残り少ないことを自覚した途端に美しく愛おしく見える。

「この世とも、もうすぐ別れなければならない」
そう考えると、何もかもが眩しくて大切に思えてくるのだろう。

恋愛感情なんかとっくになくなり、普段は文句ばかり言い合っている仲でも、いざ死に別れなければならなくなると、途端に感謝の気持ちが芽生えるかも。
お互い、歳をとって心も身体もくたびれてしまっていても、夫・妻の存在が何よりも大切に思えるかもね。
苦しくて辛いこともあったけど、一緒に歩いた日々が愛おしく思えるかもしれない。

「輝ける日々は、誰(私)にも与えられている」
自分の死を考えるとき、何となくそんな風に思う。




飽食の陰でU
および腰の遺族が、腐乱臭が漂う家に案内してくれた。
遺族は私に鍵を渡して後退。
私は、いつも通りに動揺を見せないようにして、事務的に玄関を開けた。
「きたな!」
濃い腐乱臭がモァ〜ッと覆ってきた。
ハエがブンブンと飛び交う中、私は部屋の中へと進んだ。
汚染箇所は容易に発見できた。
「ありゃりゃー、ここかぁ」

それから周りを観察すると、妙なものが目に入った。
「ん?何だコレ」
死体痕の傍らに毛ムクジャラの何かが転がっていた。
「ん〜?ぬいぐるみかな?」
「あ!犬?犬じゃん!」
そこには、犬の死骸が転がっていた。
飼い主に先立たれて餓死したのだろうか、毛の長い小型犬だった。

遺体を回収していった警察だって犬には気づいたはず。
しかし、彼等だって仕事だ。
犬の始末は仕事の範疇外なのでそのまま放置していったのだろう。

「うわぁ、可哀相になぁ」
私は、しゃがみこんで犬の死骸をマジマジ見た。
小さなウジがたかり、既に顔はつぶれていた。
飼い主が急死し、いきなり食料の供給が止まってしまって飢え死にしたのだろう。

飼い主が動かなくなってから、この犬はどのくらい生きていたのだろうか。
悪臭を放ちながら変色し膨らんでいく飼い主を見ただろう。
それから溶け始めるにはしばらくの時間を要しただろうから、液化段階を見る前に息絶えた可能性は高い。

見積見分の際は作業らしい作業はしない。
しかし私は、死骸とはいえ犬を放置していくことが可哀相に思えて、とりあえず腐乱現場から出してやることにした。

私は、きれいなバスタオルと適当な大きさの段ボール箱を探して来た。
そして、犬の身体を持ち上げようとした。
私の中で同情心と嫌悪感が戦っていた。

「うわっ!かてーっ(固い)!」
鳥肌を立てながら犬に触ってみた私。
そして、最小限の接触で持ち上げることを考えた。
「んー、どうやって持ちゃいいんだろうなぁ」
私はまず、小さな耳を指で摘んで引っ張ってみた。
ツンツン。
身体はウンともスンとも動かない。
「これじゃ、耳がちぎれちゃうな」
今度は身体の毛を摘んで引っ張ってみた。
ツンツン。
同じく動かない。
「こりゃ、ガッチリ掴まないとダメだな」
私は、諦めて胴体を掴み上げることにした。

「があ゛ー」
御多分に漏れず、腐敗した犬は腐敗液とともに床に貼り着いていた。
それを引き剥がすように、死骸を持ち上げた。
バリバリ!メリメリ!
犬は、ほとんど骨と毛皮だけになっており、倒れたままの状態で固まっていた。
「うへぇ〜!きっつー!」
気の弱い私は、黙っては作業ができないのである。

広げておいたバスタオルに、持ち上げた死骸を置いて丁寧に包み、そっと段ボール箱に納めた。
「ヨシ!これでOK!」

飼い主の死因は知らされはしなかったけど、餓死ではなかったはず。
冷蔵庫や台所には、いくらかの食品が残っていたから。
しかし、犬は飢え死にしてしまった。
ドッグフードは残っていたのに。

動かなくなった飼い主を前に、空腹感が募ってきて苦しかっただろう。
飼い主が腐っていく様を見て、さぞツラかっただろう。
犬は鼻が効くだけに、その腐乱臭は堪え難かっただろう。

前記の通り、原則として初訪問・見積見分の時は作業はやらない。
ましてや、頼まれもしないことをやることはほとんどない。
しかし、汚い腐乱現場に犬の亡骸を放置しておくことができなかった。
私は、段ボール箱の柩を遺族に手渡して「作業費はいりませんから」と、安心の溜息をつきながら現場を後にした。

それにしても、思い知らされる。
色んな所に色んなかたちで、飽食の陰があることを。




飽食の陰でT
私は、食欲旺盛だ。
昔から早食いの大食い。
経済的な事情から、たいして上等なものは口にしていないけど、毎日おいしく御飯を食べている。

食べ物が美味しく食べられるのは幸せなことだ。
不自由なく食べることって極めて当たり前のことのようで、よく考えるとそうでもないことに気づく。

まず、お金がないと食べ物は買えない。
お金を得るには仕事が必要。
また、いくらお金があったって、買える食べ物がなければ仕方がない。
食べ物があっても、食物を受け入れる身体(健康)がなければどうしようもない。
また、健康って、精神と肉体の両方でないてダメなもの。
そう考えると、毎日の食事が美味しく食べられることがどんなに貴重なことであるかに気づかされる。

更に、酒や甘味まで味わえる私は幸せ者だ。
酒が美味しく飲めるときは心身ともに調子がいいとき。
五臓六腑に浸み渡るアルコールが、もらい腐りした脳をリセットしてくれる。
また、酒に対する味覚が健康のバロメーターにもなっている(肝臓くんだけが一人静かに泣いている?)

私は、更に甘味にも目がない。
洋菓子・和菓子、何でもOK!・・・(あ!最中や甘納豆など、凝った和菓子は苦手だった)。
5号サイズのラウンドケーキなら一人でペロリといってしまう。

「ミルクレープ」ってケーキがあるでしょ?
アレを初めて食べたのは30歳くらいの時、人に連れられて行った銀座のケーキ屋だった。
フォークが入っていく感触が何とも言えず心地よく、一口食べると「なんだこりゃ!?」。
食べてビックリ!、その舌触りと旨さに心を動かされた私だった。

店は違えど、それから何度かミルクレープを食べているが、いつも三角にカットした小さなもの。
いつか、円いラウンド状態のままを思いっきり食べてみたいものだ。
それが、私のささやかな(バカな?)夢。

食い意地の張った私には食い物の話は尽きない。
ただ残念なことに、舌に美味しいものは身体に悪いことが多い。
脂肪・糖分・塩分・アルコールetc
こんなんじゃ、将来は、ロクな病気にはならなそうだね。

食べ物が豊富にある現代の日本で、意外な死に方をする人がいる。
どんな死に方って?
冷たい言い方だけど、事故死や自殺は珍しくも意外でもない。

答は、餓死だ。
にわかに信じ難いかもしれないが、現代でも餓死する人がいるのだ。
色んな人の色んな死に携わっている私でも、餓死には驚く。
豊食による病気で逝く人が数知れない中で、ひっそりと餓死者もいるのだ。

そんな現場では、「なんで?」と思ってしまう。
一体、何が人を餓死に追いやるのだろうか。
貧困か・・・
将来の悲観か・・・
プライドか・・・
それとも、餓死も自殺手段の一つなのか。

餓死者がいた部屋だからといっても極貧の雰囲気はない。
もちろん、お金持ちの雰囲気はないけど、一通り家財道具・生活用品は揃っている。
腐乱汚染も例の通り。
「どうして・・・」
ホント、不思議なせつなさを覚える。

何年か前、幼い子とその母親が餓死遺体で発見されたというニュースがあった。
かすかな記憶によると、その家には食べかけたのカップラーメン以外に食べ物はなかった。
母子は名前も分からず身元不明。
このニュースを聞いた私は、もの凄くせつなくなった。
薄っぺらい同情心でしかないけど、複雑な悲しさがあった。
母と子、どちらが先に息絶えたのか知らないけど、どちらにしろその状況を想像すると堪え難いものがある。

格差社会、低所得者層の増大が取り上げられる中で、日本でも餓死者が増えていくのだろうか。
過剰な接種カロリーに悩む大多数の日本人の陰で、誰にも気づかれることがなく。

「昼飯は何を食べようかな?」
「夜は何をツマミに飲もうかな?」
なんて、呑気に考えられる日々に飽食の陰を見る私である。




コメント
「仕事とは言え、よくやりますねぇ」
依頼者の中には、そんな類のコメントを言う人が少なくない。
私は返事に困るので、ほとんどの場合で黙ってうなずくだけに留めている。

意地悪な気持ちで言う人もいないではないだろうが、それに対して私がムカつくことはほとんどない。
言う人にとっては、正直な気持ちなのだろうから。
また、そんなコメントも、冷たい社交辞令に比べればマシに思える場合もある。

私は、もう何年もこの仕事をやっているわけで、そんな事を言われても著しく気分を害するようなこともない。
ただ、メンタル的に弱っている時にそんな事を言われてしまうと、ちょっと落ち込む。

以前のブログでも軽く触れたことがあるが、中年・年配女性の中には泣きだす人もいる。
私の職業や仕事内容を知って、驚嘆・同情・嫌悪の感情がミックスされ、自分でも訳の分からないまま涙がでてしまうのではないかと思う。

死体業、その中でも特掃はとりわけインパクトがあるみたいだ。
かく言う私だって、この仕事を知った(知ってしまった)当初は、
「へぇ〜!世の中にはこんな仕事があるんだ!」
と、衝撃を受けたものだった。
ただただ驚き、「あくまで他人がやる仕事」「他人事」として捉らえていた。

しかし、何の因果だろうか、それがバッチリ・ドップリ自分でやるハメになっている。
今になると、苦笑いしかでない・・・トホホ。

「ムカつく」と言えば、代金を払わない依頼者。
普段は温厚な私でも(?)、払うべき金を払わない人にはムカつく。
信じられないかもしれないけど、実際にいるのだ。

代金の未収を防ぐために前金制・頭金制でやっているのだが、これは原則的なもの。
困窮している様を前面にだされて作業を懇願されると、こっちだってムゲには断れない。
冷たくなった人ばかりを相手にしていても、少しは温かい心を持っているつもりの私。
怪しい雰囲気(人物・人柄)は、予めだいたい分かる。
だから、安易に相手を信用する訳ではないけど、ついつい情にほだされてしまう。
もちろん、後払いでもキチンと払ってくれる人がほとんど。
しかし、残念ながらそうでない人もいる。

「人に汚い仕事をさせ、ウソをついてバックレる」
まったく、イヤな世の中だ。
こんな人は、ごく一部の人間だけと思いたい。


話は全然変わるが、書き込みコメントの公開・非公開について私からも説明しておこう。
今回、管理人がコメント公開サイトを新設したことにつき、その趣旨・情報が錯綜しているみたいだから。

管理人は、今回新設したコメント公開サイトを、読者のコメント公開を望む声に応え、読者同士が交流・情報交換をする場として立ち上げたらしい。
「・・・らしい」と言うのは、これは私の発案ではなく管理人の提案を私が了承した経緯があるからだ。

書き込まれるコメントは、文の長短に関わらずそれぞれに味がありドラマがある。
重みがあり、勉強になり糧になる。
「その価値を、少しでも多くの人と共有できれば幸い」
と言うのが管理人の趣旨。

以前、コメント欄が荒れて気分を悪くしたことがあるので、正直なところ私はコメント公開については消極的だ。
そして、放っておくと、新設サイトも荒れてくる可能性は充分あると思う。
ま、あとは荒れないように管理人がシッカリ管理してくれることを望む。

したがって、コメントの公開を望む人は新設のコメント公開ブログの方へ、コメントの公開を望まない人は従来のコメント非公開ブログの方へ書き込んで欲しい。
私は、両方の書き込みを閲覧する。
ただし、何日か遅れて見るのが常だけどね(管理人は、ほぼリアルタイムに見ている)。
また、自分で直接書き込むことはしないので了承を。

私は、本ブログを携帯電話を使って書いて(打って)いる。
以前は、時々PCを使っていたけど、今は全て携帯電話。
外で働くことが多いデスワーカーにとっては、携帯電話の方が便利。
お陰で、携帯の文字打ちは女子高生レベルにまで達しているかも。
アップした状態を想像しての改行も、上手にできるようになった。
ただ、欲しい漢字がだせなくて、仕方なく類似漢字を転用することはある(おバカなのは、私じゃなく携帯電話の方だからね)。
明らかな誤字脱字は、私のミスだけどね。

何はともあれ、公開or非公開、どっちのサイトでも構わないので、これからもヨロシク。




秘蔵酒
私は酒が好きだ。
たいして強くもないけど、下戸でもない。
数少ない、人並みにできることの一つが酒を飲むこと。

例えばビール。
子供の頃は、「大人は、なんでこんな苦いものを飲みたがるんだろう」と不思議に思っていた。
子供の頃に飲んだビールは、苦いばかりで本当にマズかった。

それからしばらく成長して自分でビールを飲み始めるようになるのだが、当初は周りに合わせて(大人ぶって)味の分かるフリをしていた。
ホントはマズイくせに、「うまい!」なんて言いながら。
しかし、飲み続けているうち次第に味が分かってきた。
そして、本当に「うまい」と感じるようになり現在に至っている。

少し前、ある居酒屋に行った時のこと。
高級店には縁がない私が行くのは、いつも安価な大衆店。
その時も大手チェーンの大衆店だった。

「とりあえずビールを下さい」
目の前に、どの店にも見られる普通の中ジョッキがでてきた。
私は、当たり前の味を想像してグビグビッと勢いよく飲んだ。

「ん?うまい!・・・」いい意味で意表を突かれた。
「今日はヤケにうまく感じるなぁ」
「喉が渇いてるのかな?」
不思議な感覚のまま、ビールはグイグイすすんだ。
しばらく飲んでいても、ペースは落ちない。
しばらくして、店員に尋いてみた。

「このビールの銘柄は何ですか?」
「○○(メーカー)の○○(銘柄)です」
「え?この値段で?」
「メーカーとタイアップして、○○記念のキャンペーン中でして」
「なるほど!そう言えば、このビールは○○でしたよね」

私は、そのビールの存在は知っており、ずっと「飲みたい」と思っていたものだった。
しかし、貧乏人の私には手が届かないでいたもの(いつも雑酒ばかり)。
それが偶然にも一般ビールと同じ値段で飲めたことはラッキーだった。

私は宣伝のつもりでも、結果的に営業妨害になってはいけないので、メーカー・銘柄は伏せておく。
ちなみに、有名メーカーの国産だ。

ある腐乱現場。
故人は年配の男性。
台所で腐っていた。
部屋の隅にはビールの空缶や酒瓶がゴロゴロと転がっており、酒好きだったことが想像されて親しみを覚えた。

床には腐敗粘土が厚く広がっており、私はそれを回り(外側)から少しずつ片付けていった。
そのうち、床からは床下収納のフタが見えてきた。

「中に 何か入ってるかな〜?」

私は、目詰まりしたフタを工具でコジ開けた。
床下収納のフタは意外に重いもの。
私は、腐敗脂で滑りやすくなっていたフタを慎重に外した。

中には、何本かの酒瓶が立っていた。
その一つを手に取ってみたら、名の知れた高級酒。

「おっ!?」
少し興奮してきた私は、次々と瓶を取り出してみた。
日本酒・ウィスキー・バーボン・ブランデーetc、知らない酒もあったけど、どれも高級酒である威厳があり、かなりの熟成度を誇ってるようなモノもあった。
しかし、残念ながら、それらには例の熟成した液体がベットリ着いていた。

「これじゃぁ、どうしようもないなぁ」
せっかくの酒も、飲めるとか飲めないを考える以前の状態になっていた。

酒好きの故人は、きっと大事にとっておいたのだろう。
そして、それを口にする前に逝くハメになろうとは思ってもみなかっただろう。

人間は死んでしまうと、高級酒も金も、自分の身体さえも持っては逝けない。
何でも惜しみ過ぎないで、適当に使っていった方がいいね。
それが、生きているうちの特権かもしれないから。

さーてと、今夜も飲むか!
宵越しの銭なんか持ってられるか(単に、持てないだけだけど)!




追いつめられて 〜小心者の戦いU〜
ワサワサワサワサ・・・
汚染箇所の周辺には、それまでに何度かお目にかかったことがある未確認歩行物体が、群れをなして這い回っていた。
「オッ?こいつらに会うのは久し振りだな」
最初はそんな余裕をかましていた私だったが、よく見てみるとその数は膨大。
気のせいか、彼等は私に向かって近づいてきているように思え、その不気味さに鳥肌が立ってきた。

「こんな所に長居は無用!退散、退散っと」
現場見分の山場(汚染箇所の確認)をクリアした私は、気持ちも軽快に外に出るため玄関に進んだ。
そして、老朽鉄扉のノブに手をかけた。

「あれ?」
ドアが開かない。
「あれっ!?」
まだ開かない。
「あれーっ!?」
全然開かない。

私は、何が起こったのか理解できず、頭が真っ白になった。
無意識のうちに、ドアをガチャガチャやり続けた。

「ま、ま、まさか?」
「ひょ、ひょ、ひょっとして?」
「と、と、閉じ込められた!?」
私は動揺しまくった!
心臓はバックンバックン、身体からはイヤな汗がジトーッとでてきた。

「落ち着け!落ち着け!」
「慌てるな!慌てるな!」
「冷静に!冷静に!」
自分に言い聞かせる自分が、既にパニックに陥っていた。
精神的にも物理的にも、完全に追いつめられた私。

しばらくの間、ドアノブと格闘した私だったが、いつしか弱気になり、ついに自力脱出を諦めた。
「どうしよぉ・・・」
とにかく、他の住人に私の存在を知らせることにした。

まず、ドアを内側からしばらくノック。
時折、外から物音・人の動きを感じるものの、反応がない。
「腐乱死体部屋の中からノック音がしたら、助けるどころかビックリして逃げてしまうか・・・」

次に、ドアポストの隙間から「スイマセーン」と何度か声をだしてみた。
「・・・ま、これも不気味だな」

私は、他に助けを呼ぶことにして、ポケットの携帯電話を取り出した。
「さて、誰(どこ)に電話しよぉか・・・」
会社・大家・鍵屋etc、自分の面子や事の緊急性など色々考えて、とりあえず不動産会社に電話することにした。
そして、特掃を依頼してきた担当者に、「玄関ドアが壊れたらしく、真っ暗な腐乱死体現場に閉じ込められてしまった」ことを伝えた。
すると、担当者は驚いて「すぐに110番か119番に電話する!」と、見当違いな返答をしてきた。

このくらいのことで警察や消防の手を煩わせる訳にはいかない。
私はそれを制止して、とにかく鍵を持って急行してくれるように頼んだ。

担当者が到着するまで、私は、そこで待つしかなかった。
腐敗臭、未確認歩行物体、そして暗闇。

私は、意識的に楽しいことを考えようと試みたが、思考はどうしてもネガティブな方向に傾いた。
「俺には、楽しいことのネタがこんなにも乏しいのか」
と苦笑したのもつかの間
「未確認歩行物体が自分を食おうとするのではないか」
「幽霊がでるんじゃないか」
と言う不安が襲ってきた。
「なんだか、恐いなぁ・・・」

私は、余計なものが見えたり聞こえたりしないよう目を閉じ、両手で両耳を塞いでジッとしていた。
そして、自分を励ますために、どこかで聴いたことがあるアンパンマンのテーマソングを不完全な歌詞で繰り返し唄った。
ちなみに、「ウジとシタイだけがト〜モダッチさ〜〓」なんて唄ってないからね。

助けを待つ、その場の臭かったこと、その時間の長かったこと。
しばらくして、やっと担当者が来てくれた。
そして、外からドアを開けてくれた。
意味不明なことに、外からだと普通に開いたドアだった。

「助かったーっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫じゃないです」
「でも、大事にならなくてよかったですね」
「まぁ・・・ね」

長時間いたせいで、私の身体には腐乱死体臭がバッチリ着いていた。
生きているのに死人の臭いを発しながら、ヨロヨロと帰途につく私だった。

「追いつめられて・三部作」はこれで終了。

記したこと以外にも、私は毎日色んなかたちで追いつめられながら生きている。
そんな人生は、楽よりも苦の方が多いような気がしている。
それでも、人は誰でも、追いつめられた土俵際で踏ん張る力は備わっているようにも思う。
ま、踏ん張れないときは一旦負けて、また仕切り直せばいいんだけどね。

気づけば、2006年も師走。
大したことができないまま、歳だけとっていく。




お知らせ(管理人)
お知らせ(管理人)


Weblog / 2006-12-02 11:24:34


いつも特殊清掃「戦う男たち」を閲覧いただき、ありがとうございます。

さて、以前より「コメントを公開してほしい」との要望を沢山いただいておりましたが、本ブログでのコメント公開は難しいため、別にブログを立ち上げることにしました。
書き込みは基本的に自由とさせていただきます。
戦友同士の意見交換の場などとして有効に活用していただけたらと思います。

http://blog.goo.ne.jp/tokushuseisou/




追い詰められて 〜小心者の戦いT〜
私は、幼い頃から小心者だ。
人見知りも激しく、かなりおとなしい子供だったように思う。
何事にも先頭に立つことはなく、いつも誰かの影に隠れている方だった。

授業中、トイレに行きたくなっても恥ずかしくてなかなか言い出せない。
「終わりのチャイムが鳴るのと膀胱の栓が壊れるのと、どっちが早いか」といった状態で、冷汗をかきながらモジモジしていた。
それで、漏らしたことがあるかどうかは想像に任せる。

今でも、小心者の傾向は強い。
争い事は好まない。
喧嘩なんて、もってのほか。
車を運転していても、他の車列に割り込めない。
割り込まれる(譲る)ことは多いけど。
街角でティッシュをもらう時も、ペコペコと頭を下げてしまう。
店で買った物を返品交換することもできない。

あちこちの店でも店員にタメ口(命令口調)をきいている人(客)を見かけることがあるが、私にはとてもそんなマネはできない。
特に、どんな立場であっても目上の人にタメ口をきくなんてできない。
これは、礼儀・マナーを重んじた謙虚さからくるものではなく、ただの小心からきているような気がしている。
人の心象を害することに怯え、顰蹙をかうことを恐れてね。

注射を打たれる時も、針を直視できない。
歯医者で「痛かったら手を挙げて下さいね」と言わると、治療が始まる前から手を挙げる準備をしてしまう。
↑これは、「小心者」と言うより「臆病者」の部類?

ブログの中の私は、自分のポリシーやスタンスを固めている芯の強そうな人柄を醸し出してしまっているかもしれないが、実はそんなことはない。
長いものには簡単に巻かれてしまうし、周囲の潮流にもたやすく流されてしまう。
意に反した妥協や迎合も日常茶飯事。
ブログの中だけで、精一杯の虚勢を張っている小心者である。
言い換えると、ブログの中でくらいしか強気な態度にでられない小心者である。

老朽の雑居ビルに出向いた時のこと。
裏路地を入った場所に建つそのビルは、気分が暗くなるような外観だった。
私は、薄暗くて狭い階段を上がって目的の部屋に向かった。

「やけに小さいドアだなぁ」
玄関の鉄扉の前に立ち、ドアの回り(隙間)を観察した。
「ドアを開けたらいきなりウジが降ってきた」もしくは「腐敗液が垂れてきた」なんてことになったら洒落になんないんで。
ただ、油断してるとホントにこんな目に遭う。

玄関の外観に異常がないことを確認してから、ゆっくりとドアを開けた。
「アレ?真っ暗で何も見えないじゃん」
どうも、雨戸が完全に閉められているしかった。

近隣への配慮から、開けたドアは素早く閉めなければならない。
とりあえず、中に入ってドアを閉めた。
すると、いつもの異臭がプ〜ンと鼻に入ってきた。
「汚染箇所はどの辺だろうなぁ」
暗闇に目が慣れるまで待つつもりだったが、本当に真っ暗でいつまでたっても何も見えてこなかった。
そのうち、死体腐乱現場+暗闇にいることに不気味さを覚えてきて、恐くなってきた。

一旦退去した私は、懐中電灯を携えて再び中に入った。
旧式の電気ブレーカーは完全に停止し、部屋の電灯をつけることは断念。
光が得られないことが分かった途端に心臓はドキドキしてきた。
私は、細い光を頼りに中を観察。
ゴミや生活用品が散乱しており、足の踏み場もなかった。

それよりも、先に汚染箇所を探す必要があった。
ゴミを踏みながら恐る恐る歩を進めると、汚妖服らしきモノに光が当たった。
この時点で、心臓の動きはドキドキからバクバクに変わってきた。

更に、光を動かすと「あった!」
汚腐団の一部がゴミの間から見えた。
しばらく凝視して、汚染状況を観察。
枕は頭の形に丸く凹み、その凹みを頭髪が円を書くように囲んでいた。

それから周囲を観察。
周囲には、ハエの死骸がたくさん転がり、腐乱現場ではお約束の荒れ様だった。

「これといったウジも見当たらず、ハエも死んでいる」
「腐敗液も半乾きで、クズがでている」
「こりゃ、死後2〜3ヶ月は経ってるな」
ビビりながらも、まだ少しは余裕がある私だった。

さて、この後、私は全く予想できないかたちで追いつめられることになったのである。

ワサワサワサワサ・・・
つづく




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